46/危険がいっぱい小旅行

 さて、そんな日の何気ない時間。
 涙の痕もすっかり乾き、元気を取り戻した───つもりのカリンは、皆と一緒に騒いでいた。見る人が見ればそれがカラ元気であることくらいは解る。というかこの場の全員が解っていた。

バッカス「いったいどうしたっていうんだ、カリンは」
ナルシス「さっきまでは小旅行の機会で喜んでいたようだったが……」
中井出 「便秘だそうだ」
二馬鹿 『あ〜あ……』
カリン 「なばっ!? いきなり何を言い出してるんだお前は! べつにぼくはっ!!」
ナルシス「わかっている、なにも言うな。ほら、この野菜を食べるんだ」
バッカス「そうだぞ。これは胃腸にいいらしいんだ」
カリン 「わっ……解ってないだろ! きみたち微塵にも解ってないだろ!!
     おいそこっ! なに親指立てていい笑顔してるんだ!
     本当にいい根性しているな従者のくせに!!」
中井出 「え? ……う、うそ。うそだろ? 俺いい根性してたの!?
     根性腐ってるとか散々言われた記憶ならあるけど!」
カリン 「そういう意味じゃない!!」
中井出 「な、なんだとてめぇ! 人の純情もてあそびやがって!」

 直後に拳が炸裂した。鼻がゴヂョリと気味の悪い音を立てて折れ曲がった。

中井出「ほ〜ら鼻血が滝のように!《ボタタタタタタ》」
カリン「さっさと止めろ!」
中井出「無茶言うねキミ! 殴っておいてなんとひどい!」

 言っておきながらも、「ワムウ!」と叫ぶとビッシィと止まる鼻血。
 本当にこいつは何者なんだと呆れながらも、カリンは暗い気持ちと戦い続けた。
 このまま戦っていれば、自分も大切な人を傷つけたり……時には死なせてしまうこともあるのだろうか。そう考えると、旅行の護衛任務が途端に怖くなる。

中井出「おや怖い? 震えているよ?」
カリン「っ…………」

 怖くないと虚勢を張るのは簡単だ。
 それはきっと、勇気の魔法を使っても同じこと。
 ずっとそれを繰り返せば、たしかに怖いものなんてない。
 ないけれど……果たしてそれは恐怖に向き合ったと言えるのだろうか。

中井出「ほれメシ食えメシ! 元気が出ない時はとりあえずメシ!
    憎しみを咀嚼にぶつけるんだ! しっかり噛んで心もスッキリ!」
カリン「いや……今はそんな気分じゃ───」
中井出「じゃあアレだね! 僕が歌を歌って気を紛らわせてやろう!」

 言うや、どこからか楽器を出してベロリィ〜ンと鳴らしつつ語りだした。

中井出「今日……フェルダールで丘野くんというラフレシアの(血の)花が咲きました。
    聞いてください……“ツンデレ姉ちゃん in the トイレ”」

 丘野って誰だろう。
 そんなことを思っていると、やがて歌いだす馬鹿。

中井出「トイレに〜は姉ちゃん♪
    そ〜こ〜そ〜こ〜ニ〜ヴいの〜は〜ツンデレ〜だこれぇえ〜〜那須♪」
カリン「……なぁ。それで本当に気が紛れると思ってるのか?」
中井出「え? 俺めっちゃ紛れてるけど。
    ミスティックな時間、やる気がぁ〜ない♪ エホッ! エホッ!
    寝酒で寝れず、ウチにぃ〜〜あぁるぅ♪
    ベーコン風味ぃ仕立てぇ〜・海老蟹ジュース♪」
カリン「……元気云々より、とりあえず殴りたくなるのはどうしてだろう」
中井出「いつも朝ァにはぁカス〜テラ♪
    Love is this,草ァ両ぉ〜手にぃ♪ Have your sun,何処ぉ〜で〜もぉ〜♪
    エェキィ〜スポォ〜珊瑚とぉ〜ダニ♪ まぁ〜いにぃち食うもっぱらフリー♪
    あ〜た〜らっしいメッセェージ♪ 野生〜の〜王者だァ〜♪
    Ah baby,マジィ〜だぁ〜ぜぇ♪
    ホ〜モ〜の〜あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜つい時間〜〜〜〜〜〜〜〜♪
    雨に〜濡れぇ〜〜〜〜ぇぇ熱い時間〜〜〜〜〜っ♪ ……夏みかん♪」
カリン「……………」
中井出「……………」
カリン「………」
中井出「………」
カリン「………」
中井出「Love is 草 oh───」
カリン「続きを催促しているわけじゃないっ!!」
中井出「《ビビクゥ!》ヒィッ!? え!? ち、違うの!?」

 いきなり怒られたものだから、つい悲鳴をあげてしまった。
 ポッと頬を染めつつも、ならばと料理を勧める。

ナルシス「しかしよく解らない歌だったね」
中井出 「最初のが“ツンデレ姉ちゃん in the トイレ”だ。
     その次のが“ホモの熱い時間”。森の妖精たちが歌う癒しソングだ」
ナルシス「い……」
バッカス「いや……し……?」
カリン 「い、いや。今の歌に癒しはないだろ、どう考えたって」
中井出 「うん、それがきっと普通の反応なのでしょう。僕も最初はそうでした。
     なので詳しいことは説明せずに今を楽しみましょう。
     明日はお姫様に振り回される一日になるんだから、
     いっぱい疲れていっぱい休もう!」
カリン 「うう……」
中井出 「お? やっぱり不安? 怖い?
     大丈夫! 恐れを知ることは悪いことにアラズ!
     なぜならば! 臆病者な方が生き延びることが出来るからさ!
     でも時には思い切りも必要。なので今から歌を歌います」
カリン 「もうヘンテコな歌はいい……。
     サンドリオン、べつに酒を飲んでもいいから、ぼくにも少しくれないか。
     …………頼むよ」

 辛そうな声で言うカリンに、サンドリオンは頬をコリ……と掻いてから頷いた。
 15歳の少年に酒というのも。とは思ったが、バッカスやナルシスなどもっと幼い頃から一瓶を一人で空けたりしていた猛者だ。
 べつに止めることもせず、ヴィヴィアンもどこか面白がって止めることをしなかった。

中井出「では酒の肴にでも。歌う歌は───ブレイブ。勇気の歌です」
カリン「───…………勇気か」
中井出「ああ、勇気だとも。特別な効果なんてそりゃあないが、いい歌ってのは心に響く。
    主は勇気って言葉が好きっぽいからね! 僕張り切って歌っちゃうよ!」
カリン「……い、いや。そのだな……ぼくはもう───」
中井出「はい歌う! 今から歌うね! 歌うから静かに! ね! はい! ね!?」
カリン「お前、本当に強引だな」

 苦笑混じりの言葉に彼は笑った。笑ってから、やがて歌う。
 またふざけた歌かと思ったが、今度は普通の歌だった。
 勇気の歌と言う通り、最初はどこらへんが勇気なのかは解らなかったが、次第にその意味を知ってゆく。

カリン 「…………勇気は、誰かから貰うものか?」
中井出 「勇気はいろいろなところにあるものアマス。
     人はそれを、言葉で誤魔化していろいろなカタチにする。
     強制されたものじゃあない、自分の奥底から湧き出した生きる目的ってのは、
     間違い無く勇気だと僕ァ思っているアマス」
バッカス「嫌いな食べ物を食べるのも、まあ言い方を変えれば勇気だな!」
ナルシス「敗北を認めるのももちろんそうさ。
     認めたくないから負けていないと言い続けるのは格好よくはないだろう?」
中井出 「歌の中にある通り、誰かから受け取る勇気もある。
     だがしかーし! その貰った勇気を勇気として受け取るんじゃなく、
     自分の行動をその勇気の所為にして生きるのは勇気にアラズ!
     自分の行動の責任は、自分の所為にして楽しむこと。それがいい。
     いいかい、難しいことを背負うって意識じゃない。
     逆に考えるんだ。“楽しいの種を受け取ってるって考える”んだ」
カリン 「た、楽しいの種? なんだそれは」

 訳が解らないよとばかりに問うと、優雅に紅茶を飲んでいたヴィヴィアンが口を開く。

ヴィヴィアン「単純に考えればいい。勇気というか、励まされはした。
       しかしその励ましは何処に向ければいいのか。
       そんな時、行動を選ぶのは自分なわけだ。
       つまらないことも楽しいことの栄養素の一つだと考えれば、
       つまらん日常も多少の彩にはなる。そういうことだ」
カリン   「………」
ヴィヴィアン「明日の小旅行は、まあ姫殿下直々の依頼ということもあって、
       好機でもあれば緊張の瞬間でもある。
       そこで姫殿下の言うことだけを聞いて過ごすのか、
       自身も動いてともに楽しむかはきみたち次第だ。
       まあ、もちろん任務中だというのに遊びにかまけて、
       任務放棄でもしようものなら減棒どころじゃないわけだが」

 減棒と聞いて、サンドリオンの肩がびくりと跳ねた。
 ああ、もう相当にやばいのかと理解出来る状況に、少しだけ心が安らぐのを感じる。
 いや、べつに他人の不幸がどうとかではなく、真面目にあんなことを話していた男が減棒の一言で動揺する様に、少しだけ日常っていうのを感じて安心した。
 そんな主の姿を見て、なにを勘違いしたのか目を輝かせるお馬鹿が一人。

中井出 「大丈夫! 任務もしつつ遊べばいいのさ!
     なにせ旅行は楽しむもの! つまらん旅行になんの価値がありましょう!
     そんなの時間と金の無駄さ! だから楽しむ! OK!?」
カリン 「あ、あ……ああ、解った」
中井出 「やった! やったよバッカス! ナルシス! 主が解ってくれた!」
バッカス「やったなジーク! これで思い切り楽しめるぞ!」
ナルシス「これで思い切り楽しめるというものさ!」

 ……失礼、馬鹿は三人だった。

中井出 「じゃあ早速明日からのピクニックの予定作りさ!
     弁当は作ったから、レジャーシートも用意しないとね!」
バッカス「ん? 道端で食べるのか?」
中井出 「レジャーシートでもう通じるあたり、僕らも長いよね……」
バッカス「現に長いじゃないか」
ナルシス「彩のために花を持っていこう。シチュエーションも食事の醍醐味だからね」

 言葉通り、旅行にワクワクする子供が三人、という状況が完成。
 しばらく呆然と見ていたカリンもさすがに不安になったのか、「遊びに行くんじゃないんだぞ」とついツッコミを入れてしまう。

中井出 「馬鹿! 主の馬鹿! 主馬鹿!」
カリン 「主馬鹿!?」
中井出 「それはそれ、これはこれっていう名セリフを知らないのか!
     姫殿下が旅行に行きたいって言ってるのに、
     ただ向かって戻るだけのつまらない旅行で満足!?」
ナルシス「その通りさカリン! これは姫殿下を守るという使命と!」
バッカス「旅行中の姫殿下を楽しませるという重要な問題を抱えた任務なんだ!」
カリン 「いや、それきみらが楽しみたいだけだろ」
三馬鹿 『その通りだ!《どーーーん!!》』
カリン 「……少しは隠すそぶりくらい見せてくれ」

 三馬鹿の燥ぎっぷりにいよいよ“付いていけない”と溜め息。
 楽しそうなのは見ていれば解るのだが、これは任務だ。
 あんな浮ついた気持ちでいったいなにが出来るのか。
 そこまで考えてみて、ふと……

カリン(………)

 ……ああ、これ、今朝までのわたしなのか、と。
 浮ついた表情でいたであろう自分を思い、途端に恥ずかしくなった。
 任務に燥ぎ、夢さえあればなんでも出来ると思っていた自分。
 ただ、この三人には“夢が枷になる”といった、弱気を感じない。
 楽しめることがあるのなら楽しまなきゃ損だ、って体全体で表しているかのような馬鹿。
 傍から見れば笑ってしまうような姿だ。なるほど、道化って言葉はよく合っている。
 でも………………笑えないよりかは、きっとマシなんだろうなとも思った。


───……。


 ドドドドドドドド……!!

中井出 「ヘ〜イヘ〜イホォ〜〜〜〜〜ッ!!」
ナルシス「ヘ〜イヘ〜イホォ〜〜〜〜〜ッ!!」
バッカス「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!」

 そんなこんなで翌日。
 既にドーヴィルへと出発した衛士隊+ONEは、三馬鹿だけがいやに元気だった。
 いや、むしろ三馬鹿+姫殿下が元気だった。
 三馬鹿は陽気に燥ぎ、マリアンヌはすぐに馬から下りて道草を食う。まるでお祭り騒ぎのような状況の中、カリンとサンドリオンだけが緊張した表情で警戒を続けていた。
 浮かない顔だなあとバッカスに言われても、サンドリオンの過去を知ったためか思うように感情を出せないでいた。感情的になってしまえば任務に支障をきたす。バッカスとナルシスがあんな調子なんだから、自分がしっかりしなければと過敏になっていた。

マリー「どうしたの、カリン。つまらなそうだけど」
カリン「そんなことはありませぬ」
マリー「いいえ、つまらなそうよ。わたしと出かけるのがそんなにつまらないの?」
中井出「マリー! 彼は緊張しているのさ! だからもっと賑やかになればいいのさ!
    というわけでトランプするべー!
    お遊びグッズいっぱい持ってきたからほらほらほら!」
マリー「まあ素敵! カリン、一緒にやりましょうよ!」
カリン「え、いや、わたくしは」
マリー「やりなさい!」
カリン「え、えー……」

 そんなわけでババ抜き。
 馬で移動しつつ、風魔法で取ったりなんだり。
 ……ちなみにカードの移動はカリンがやった。

中井出 「主ー! 俺きみから見て左から6番目のカードねー!」
カリン 「右から二番目って言え!!」
バッカス「カリン! オレは右から三番目だ!」
カリン 「なっ! 取るならこの二番目にしろ!」
ナルシス「なるほど、それがジョーカーだね?」
カリン 「ちちちち違う違うぞ!? なななななにを言っているんだきみは!!」
マリー 「くすくすっ……それじゃあカリン、わたしは一番左のカードね」
カリン 「は、はいぃ……ってこら! 離せお前!」
中井出 「だ、だめだ! これは僕んだぞ! これがあれば次で上がれる気がするのだ!」
カリン 「魔法でカードを抜いたりとか、難しいんだぞ! いいから早く離せ!!」
中井出 「安心するんじゃカリナレフ……これはカードに見せかけた貴様の修行。
     こうして一点に集中することで、
     貴様の散漫しがちな集中力がついには一点へと《ズバババババ!》えひゃい!」
カリン 「誰の所為で散漫してると思ってるんだばか!!」

 風の刃の郡が彼を襲い、彼はアミバのような叫びを残した。
 しかし血を流しながらもババ抜きは続けられ、流れる血で血まみれな中井出が乗る馬が大変迷惑そうに中井出をちらちらと振り返りまくっていた。

中井出「大変だ主……この馬、俺に惚れてやがる《ズルドシャア!!》ズイホーーッ!!」

 そしてたわけたことを言った途端に馬に振り落とされ、その顔面をストンピングされた。……一応、少しずつ能力は戻ってきているので、馬にも解る言葉で言った途端のことだった。

……。

 一向がのんびりと移動し、ドーヴィルに着いたのは見事に三日後。
 それまでの道のり、散々と姫殿下のわがままもあったものの、それらの矛先の大半はカリンに向かっていて、バッカス、ナルシス、サンドリオンはなかなか気楽なものだった。
 中井出はといえば、マリアンヌに振り回される主をフォローしつつ状況を楽しむといった行動を取り続け、三日も一緒に燥いでいれば随分と砕けるもので、マリアンヌ自身も随分と中井出に慣れたようだった。

マリー「ねぇジーク。わたしあれが欲しいわ」
中井出「なにぃ、ならば俺はあれがほしいぞ」
マリー「もう! 気が利かないんだから! 取ってって言ってるのよ、わたし!」
中井出「なんと! 言ってないでしょうが!」

 道端の花ひとつで大盛り上がりな仲になっていた。どんな仲だ。

カリン 「はぁ……結局なにもなかったか」
ナルシス「随分と警戒していたな、カリン。疲れただろう」
カリン 「こ、こんなの常識だ。疲れるのは………………ぼくが未熟だからさ」
ナルシス「おや。随分とまた殊勝になったもんだね。こっちの調子が狂いそうだ」
バッカス「自信ばかりに溢れていた、前までのきみはどうしたっ!
     強くなければ守れるものも守れないぞ!」
中井出 「そうだ! サーモンを食え! 頭から丸ごとな!」
カリン 「お前はうるさい」
中井出 「なんで俺だけ!?」
カリン 「大体だな、最初の頃の丁寧な物腰はどこいったんだ。
     最初の頃はそれはもう綺麗な礼をしてみせたり、動きがよかった」

 それが、蓋を開けてみればこれだっ! ずびしと指差してまでの言葉。
 中井出はその指にゴスリと拳をぶつけ、突き指させてみた。
 当然殴られた。

カリン「いちいちやることが子供じみているんだきみはっ!」
中井出「道化が子供っぽくなくてどうしますか。
    楽しければいいじゃない。堅苦しいのなんて嫌い嫌い」

 なのでと。
 パタパタとさっさと先へ向かうマリアンヌを追って走り出す。
 マリアンヌはまだ十三の子供だ。
 様々なものに興味を示し、ドーヴィルの七色の海などは好奇心からいっても好物以上の好物だ。
 まだ時期ではないとはいえ、考えてもみれば七色の海は見たことがあるが、その海が普通の時など見たことがない。そうなれば、走る足も自然と速まる。
 ……だがそんな常識が通じない男がビジュンッと瞬間移動でもしたかのように、マリアンヌの行く手を塞いだ。

中井出「これはこれは……お久しぶりですねぇ」
マリー「え、あ、えっ……!? あれっ!? ジーク!? 今っ……えぇっ!?」

 当然そんな速度が出せるなど知るわけもなく、マリアンヌは大層たまげた。
 しかも回り込まれてしまったからには他の者と同じく、自分にぶちぶちと文句を……自分の立場を気にした文句ばかりをたれるのだと思っていたのだが。

中井出「いくならみんなで! 楽しむなら───俺も混ぜろ!!」
マリー「えぇえええええっ!!?」

 予想外にもほどがあった。
 しかしやはり子供だ。仲間を得たと知るや、きゅむと中井出の手を握って駆け出す。
 馬をカリンらに任せ、ただ走った。走る姿は本当に燥ぐ子供そのもの。
 だからこそ、笑っていた中井出も途中で顔を引き締めた。

中井出「あいやちょっとストップ!」
マリー「《がばぁっ!》ふやゎぅっ!?」

 前を懸命に走る少女を抱きかかえ、鼻をすんすんと鳴らした。
 もちろんマリアンヌの匂いを嗅いでいるわけではない。

中井出   「サンドリオン!」
サンドリオン「! ……どうした!」

 サンドリオンを呼ぶとともに、マリアンヌにディシィッと当身。
 見事に気絶したマリアンヌを、追ってやってきたカリンに預けると、坂道から見えるドーヴィルの街を親指で指差し言った。

中井出   「全滅だ。……あの街、もう死人しか居ない」
サンドリオン「───! ……本当か?」
中井出   「血の匂いしか漂ってこないのに、悲鳴のひとつも聞こえない。
       逃げてくる人間も誰も居ない。全滅してるよ。
       声を潜めて耐えてるやつが居るかもだから、一応見にはいくけど」
サンドリオン「……おれも行こう。カリン、バッカス、ナルシス、姫殿下を頼む」
カリン   「ぼっ───…………、……わかった」

 僕も行く、と言おうとした。
 だが、人の死体ばかりがあることを考えてしまった上に、サンドリオンの指示には従うことと納得していた。
 だから、その以上は言えなかった。
 ナルシスとバッカスも頷き、馬の居る場所まで戻る。なによりもマリアンヌの無事を第一に。

中井出   「うじゃ、行きましょか」
サンドリオン「悪いな。面倒ごとに付き合わせちまったみたいだ」
中井出   「んーなこと気にしない。こっちもそろそろ本調子になれるだろうし、
       むしろリハビリみたいな感じでありがたいやね。
       ……街ひとつ全滅ってのは、さすがに気の毒だけど」
サンドリオン「……慣れてるって感じだな。人死にを見るのは初めてじゃないのか」
中井出   「自慢にもなりゃしないけど、きみの百倍はね」
サンドリオン「…………それは、たまらないな」
中井出   「たまらないよなぁ……」

 歩く。
 街の中は血の匂いで溢れている。
 潮風で撫でられていても、鼻に届くくらいに濃厚な死の匂い。
 見れば、家の壁にはその場で人が潰れたんじゃないかって思うくらいに広がった血痕。
 壁に落下したわけでもないのにこの有様は、どう考えたって他殺だった。

中井出   「魔法、だね。こりゃ」
サンドリオン「風で吹き飛ばして壁に激突させた、だろうな。ひどいことしやがる」

 相手がメイジであることは容易に想像できた。
 しかし腑に落ちないことがある。

中井出   「さて。問題になってきましたよ灰ーニョ」
サンドリオン「灰ーニョ言うな。……けど、その通りだ」

 はぁ、と溜め息を吐く。
 そう、壁は見事に真っ赤だ。ペンキでもぶちまけたのかって思うくらいに。
 じゃあ、それを噴出したニンゲンのカタチは何処だ?
 坂を歩いてきて、ぽつんとある坂の上の宿。
 その見晴らしのいい景色から街を眺めてみても、人の死体などは見当たらない。
 あるのは……───

サンドリオン「……やられた」
中井出   「うっへぇ……なんだこりゃ、
       魔法衛士隊ってなにか恨みでも買ってるの?」
サンドリオン「あー、そうだなー。
       目障りだと思っているやつなんて、エスターシュ大公くらいじゃないかな」
中井出   「今度そいつの靴に画鋲でも入れとくよ。脱ぐたびに」
サンドリオン「そうしてくれ」

 口調こそ軽いが、表情はどちらも硬かった。
 じゃあ、なんだ。この街の連中は、そいつの勝手な、一方的な嫌がらせのために殺されたのか。
 そう考えるとちっとも楽しくなくなり、中井出はギリ……と歯を食い縛った。
 既に、街全体を囲まれている、その中心の丘の上で。

サンドリオン「あれは……なんだ?」
中井出   「察しがついてるだろ? アンデッドだよ。しかも、この街の住人」
サンドリオン「なるほど。ようするに、ペドロとかいうやつを操っていたやつは、
       心底おれたちが嫌いということか」
中井出   「そーらしいねぇ。見事に囲まれてら。しかもどんどんこっち向かってくる。
       姫殿下の“お忍び”の行動を知っていて、
       先回りが出来るなんてのはオエライさんくらいだろうからねぇ。
       こりゃ、確定か」
サンドリオン「だとしても証拠がなければどうにもならんさ。
       エスターシュがシラをきって終わりだ」
中井出   「じゃああれだ。親衛隊に僕個人で嫌がらせをしよう。
       ある日急に病気になったり怪我をしたりするんだ。
       死にはしないけど、死ぬほど怖い目にも遭う。
       するとどうでしょう! 親衛隊が次々とやめてゆく!」
サンドリオン「きみが下種と同じ方法を取ることはないさ。
       それよりも、今はともかくここを抜けることを考えよう」
中井出   「そだね」

 正直、抜けるだけなら簡単だ。
 マナを介抱、ビッグバンタックルでもぶちかまして逃走すればいい。
 しかしそうなるとマナが不安定な今、回復するまでが大変。
 ならば転移で? ……困ったことに安定していないので、座標等がめちゃくちゃになりそうだ。
 どこまでも借り物の力なので、自分が平気でも武具らや装飾品が安定していなければ何ひとつ満足に扱えやしない。あくまで武具の意思を詠むことの才があるだけであり、それを解放するためのマナがなければ雑魚なままなのだ。
 マナと癒しの大樹を植えようにも、霊章内のユグドラシルでさえ安定していない状況。
 ならばマジックアイテムを使って───というのも、瀕死になってしまった所為か、額からは既にミョズニトニルンのルーンは消えている。ひどい状況だ。

中井出   「どっかに穴空けて、そこから全員逃げるしかないな」
サンドリオン「フライで空中からは?」
中井出   「殺したのがメイジなら、どーせそこらで待機してるだろ。
       そこにフライなんて使ってみろ、いい的だ」
サンドリオン「なるほど。つくづく、面倒くさい」
中井出   「クククゥ、ならば不肖!
       このジークフリードが! 一番槍を務めさせていただく!」

 言うや、何故か「おらおらおらおら太鼓乱れ打ちじゃー!」などと、何処かの電撃な旅団の団長が闇の王様に単騎で挑むような掛け声とともに疾駆。馬上で戸惑っていたカリンらの横を抜け、二百ものアンデッドたちの波へと突っ込もうとし───銃を構えたアンデッドたちに射撃されまくり、泣きながら戻ってきた。

カリン「いや、きみな……なにも泣くことないじゃないか」
中井出「だって怖かったんだもん!!」

 結局は、弾丸から身を守れる建物まで逆戻り。
 アンデッドどもは馬には興味がないのか、馬には目もくれずに建物……丘の上の宿を目指した。

バッカス  「さて、どうしたものかな」
ナルシス  「フライで上からは?」
サンドリオン「メイジが居るし銃もある。的になりたいなら止めない」
ナルシス  「はぁ……さすがにそれは勘弁だね。では、魔法で突破するか」
サンドリオン「それがな。相手はどうやらアンデッドらしい。
       ペドロという親衛隊を覚えているか?」
バッカス  「ああ。あの心臓を貫かれても───……なるほど。
       つまり攻撃は無駄ということか」

 状況は最悪だろう。
 逃げ道……陸路はアンデッドに塞がれていて、時間が経つにつれ突破は困難になる。
 なにせ二百人が目指す位置はこの小さな宿であり、近づけば近づくほど輪は狭く、しかし奥行きが広がる。
 人の群れに奥行きなんて言葉は似合わないだろうが、あれはもう人ではないのだ。

バッカス  「さて、どうする?」
中井出   「とりあえず相手の気を逸らして馬で突破、が一番だろうね」
ナルシス  「気を逸らすか。よし、ボクがゴーレムを作って盾になろう。
       その隙にきみたちは馬に乗り、突っ切る」
サンドリオン「それでいこう。先頭はバッカス。次に姫殿下を抱えたナルシスが。
       次にカリン、しんがりはおれだ」
中井出   「うむ! 俺は相手の気をこちらに向ければいいんだね!?
       実に道化チック!」
サンドリオン「いや、きみは衛士隊には関係ない。巻き込んでしまったんだからな。
       一人でなら平気だろう? 移動魔法でここから離れろ」
中井出   「え? マジ? ヒャッホイさらばじゃーーーっ!!《ビジュンッ!!》」
カリン   「なぁっ……!?」

 消えた。
 さっきまでその場に居た存在が、目の前で。
 え? 移動魔法? などとカリンが考えていると、サンドリオンが顔を青くした。

サンドリオン「急ぐぞ! ナルシス、頼む!」
ナルシス  「任せたまえ! バッカス!」
バッカス  「言われるまでもない!」

 狼狽えるカリンを置いて、三人が行動する。
 扉を開け、外に出て、馬に乗って逃走。
 中井出を乗せていた馬を置き去りにすることになるが、どういうことかその馬も他の馬に合わせて駆けている。

カリン   「お、おいっ! 急にどうしたんだ!」
サンドリオン「ジークの性格を考えの中に入れてなかった!
       自分だけ逃げろと言われて言い渋るなら、
       なんとか逃げてくれただろうが───
       ああして即答して消えたとなると話は別だ!」

 話が見えない。
 見えない代わりに───自分たちの視線。
 その先で銃を構えていた街の住人の塊が吹き飛んだ。

カリン「!?」

 巻き上がった土煙を突っ切って人垣の外へ。
 その際、住人が吹き飛んだ方とは反対方向を見てみれば、呆れるくらいの巨大な剣を構える従者の姿が。

カリン   「なっ! 逃げたんじゃなかったのか!?」
サンドリオン「あいつにしてみれば“ここから離れろ”は逃げろじゃないんだ!
       離れたんだからそのあとの行動なんて俺の勝手だって、
       平然と言うようなやつなんだよ!
       バッカス! ナルシス! カリンを連れて先に行け!
       あいつひとりじゃ絶対に無茶をする!」
バッカス  「任せておけっ!」
ナルシス  「無茶はお互いさまだろう! きみも気をつけたまえよ!」

 しんがりであるサンドリオンが三人を促し、マリアンヌの無事を第一にと気をつけながら突っ切る。
 しかしそれを待ち伏せている姿があり───それは、カリンも知る姿だった。

カリン「!? なんでおまえ、こんなところに! ああいやそんなこと───は……」

 どうでもいい、街の住人が殺されているんだ。
 そう言おうとした口は、開いたまま閉ざされなかった。

アンジェロ「ア……ギ……」

 胸に大きな穴を空けたソレは、アンジェロといった。
 もはやそこに命はなく、生気のない表情のままに杖を構えると魔法を放ってくる。
 カリンは咄嗟にウィンドを放ち、魔法の矢を逸らしてみせた。

バッカス「おいおいおい! どうなってるんだ! あれはアンジェロだろう!?」
ナルシス「胸に穴が空いて……し、死んでいるのか!?」

 三人が驚愕に飲まれる。
 その中で、中井出の方へと向かおうとしていたサンドリオンだけが駆け、躊躇もなく魔法を振るっていた。
 水の鞭、ウォーターウィップ。
 死した相手にはもはや容赦はと、鋭利な刃物のように鋭く研ぎ澄ませた水の鞭を用い、アンジェロをバラバラにした。

サンドリオン「っ……ぐっ……」

 ぐしゃりぐしゃりと落ちる肉片を見て、いつか自分が手にかけた恋人の姿を思い出した。
 しかし嘔吐感と嗚咽にも似た苦しさを飲み込むと、三人に早く行けと告げる。
 自分は、中井出のもとへと駆けながら。




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