48/言葉の届かぬ恋人へ

 翌朝。
 カリンは痛む頭を押さえながら目を覚ました。
 早朝ともとれる空気に、頭痛で起きたことを自覚しながら辺りを見渡すと……死屍累々だった。主に酒で潰れた勇者たちの屍で、居間は埋まっていた。
 カリンも最初こそは抵抗する気はあったものの、中井出が仕掛ける度重なる“楽しい”の連続に心を惹かれてしまい、楽しむがままに全てを受け入れた。全てということは、料理も音楽も道化も、そして酒もである。
 お陰で二日酔いのようだ。頭がひどく痛む。
 そんな頭痛で起きた朝、ふと窓から外を見ると……サンドリオンが移動している姿を発見。気になって外に出てみれば、その傍には中井出までもが居た。

中井出「おや主。お目覚め?」
カリン「頭痛で起きた。ひどい朝だ。楽しませるなら翌朝まで責任を持て、まったく」
中井出「や、馬鹿笑いしながら酒をがぶ飲みする主まで責任持てませんよ。
    頭痛が嫌なら自重なさいまったく」
カリン「うぅ……」

 言ってみたかっただけだから、別に言葉を返そうとは思わなかった。
 むしろこの場合はジークフリードが正しい……と頭の中では理解出来ていたので、それも黙った理由のうちだろう。
 しかし黙ったのは二日酔いについてであり、サンドリオンの行動にはもちろん疑問をぶつけた。

サンドリオン「ちょっと出かけてくる。調べなきゃいけないことが出来たんでね」
中井出   「俺はその護衛。なんかサンドリオン狙ってたっぽいしね、あのおなご」
カリン   「! ぼくも行く!」

 まるで親の行く先についていこうとする子供だ。
 カリンはその自覚があったが、調べごとをするのだというのなら、それはきっとエスターシュのことだろうと気を逸らせた。
 栄誉は欲しい。だが、今の彼女の心にあるのは“街ひとつ分の夢や希望を奪った事実”だけだ。それが許せないし、次もそんなことが起こる可能性を早めに潰したい。ただそれだけだった。
 サンドリオンは首を横に振って「お前には見せたくないものなんだ」と言う……のだが、生憎とこのお子はそんなことを言えばムキになることを知っている中井出は、あーあ……と溜め息を吐いた。
 予想通りと言うべきか軽い言い争いが始まり、渋々了承したサンドリオンの馬の後ろにカリンが跨る形となり、中井出はそれに同行した。徒歩で。

カリン「……お前、馬は?」
中井出「ほほ、愚かな……。この四天王の面汚しと言われたジークフリードが、
    よもや馬に乗れるとでも……?」
カリン「乗れないのか!? いや、ドーヴィルに行く時には乗ってただろお前!」
中井出「……実は自分、動物と話せるんス……。
    あの時はね、なんていうか……馬様に土下座して譲ってもらったっつーか……」
カリン「馬様!? 土下座!?」
中井出「乗ったんじゃないんスよ……乗らせて頂かせたっつーか……ハハ……。
    偉大なる馬様に運んでいただいたっつーか…………ハ……ハハ……」
カリン「いや待てもういいそれ以上言うな! なんか目が潤んでるぞお前!
    なんでそこまで陰差してるんだ! ていうかお前子爵なんだろう!?
    もうちょっと誇りとかっ……馬に土下座って……!」
中井出「うるせーコノヤロー! てめぇ俺が子爵で何が悪いっつーんだァァァァ!!
    子爵だから土下座しちゃいけないなんて掟も法律も戒律もないんじゃああ!!
    きさんら当然のように馬様に乗ってるけど馬様の苦労考えたことある!?
    いっつもいっつも飼い葉食わされて、
    それの代償に背に乗せなくてもいいグラビトン乗せて!
    騎乗者のノリで敵に突っ込んでは将を射んとするならば〜とか言われて、
    なんか先にコロがされてさぁ!?
    それで馬様コロがされてもきさんらは帰れば英雄扱いだよクソがっ!!
    土下座!? ハン! 当然の行為だね!
    貴様らにはそもそも馬様に対するリスペクティブなハートが足りねぇのさ!
    ……リスペクティブってなに?」
カリン「知るか!!」

 結局怒鳴られて終わった。
 いつも通りである。

中井出「でさ、ほんと何処行くの?」
カリン「お前も知らないのか」
中井出「うん。どっか出かけるっていうからほら、
    “旅には仲間が必要だろ……?”とカッコつけてみただけなんで」
カリン「護衛とか言ってただろお前!」
中井出「まんまと騙されたわこの馬鹿めが!《ズパァン!》ソルベ!!」

 そしてビンタもいつも通りである。

サンドリオン「カリン、お前だけでも残る気はないのか」
カリン   「ぼくには言ってこいつに言わないのはなんでだ」
サンドリオン「こいつには言っても無駄なのはお前よりもよく知っているし、
       困ったことに護衛には向いているんだ。実力は確かにあるんだ」
カリン   「………」
中井出   「お? なに? 僕だけ認められて悔しい? ねぇ、悔しいの?
       そんなキミでもこれで解決! 今からきみに、魔法の言葉を教えよう!」
カリン   「魔法の言葉? …………ど、どんなのなんだ?」
サンドリオン「……おい、きみな」

 サンドリオンが止めに入るが、カリンはどうにも“魔法のなんちゃら”とか“なんちゃらの魔法”という名前に弱かった。なにせ勇気の魔法のお陰で田舎からトリステインにまで来ることが出来たほどだ。
 そんな彼女が中井出を見つめ、どんな言葉が出るのかを待ち───

中井出「この言葉を唱えれば、たちまちサンドリオンは解ったと首を縦に振る!
    もう絶対! 確実と言ってもいい! 我が子爵の爵位を懸けよう!!」
カリン「! そ、そんなにすごいのか!? さすが“魔法”の言葉だなっ!」

 その溢れる自信にカリンは興奮した。
 まるで初めての遊園地を前にした好奇心旺盛の子供のようだ。

中井出「さあ、今から言う言葉を即座に、真っ直ぐにサンドリオンに向けて言うんだよ?
    疑問を持っちゃいけない。疑問はこの魔法の効果をとても鈍らせてしまう」
カリン「ああっ、解るぞっ!
    ぼくも勇気の魔法を使う時は、自らの勇気に疑いなんてもたないものさ!」
中井出「でしょう!? ならばこそ、これも疑うことなく実行してください!」
カリン「よしきたっ!」

 どんと胸を叩いて彼女は言った。
 サンドリオンはなんというか、「……なぁ。もう行っていいか……?」と小さく呟いたのだが、二人の耳にはてんで届いていないことを悟ると遠い目をして朝日を眺めた。

中井出   「ではいきます!」
カリン   「ああっ!」
中井出   「サンドリオン!」
カリン   「サンドリオン!」
中井出   「ぼくを連れていくな!」
カリン   「ぼくを連れていくな!」
サンドリオン「ああ、わかった」

 こくりと確かに頷いて、了承を得られた。
 カリンの顔がぱああと明るくなり───

中井出「やったネッ☆《マゴシャアッ!!》アギョオッ!?」

 直後、片目をウィンクし、ペロリと口の端から舌を出す従者の頬に渾身の拳が叩き込まれた。


───……。


 まあ、また結局という言葉から始まるわけだが、結局カリンはサンドリオンの背から降りることなくついてきていた。
 その隣には馬と同じ速度で走る従者。

カリン「……お前、馬に土下座しなくても別によかったんじゃないか?」
中井出「はいはい、過ぎたことをネチネチ言わない。
    過ぎた過去は笑い話にして、今は今を楽しむ。それが俺の中の平和です」
カリン「つまり苦い思い出はそれだけじゃあないと」
中井出「……?」
カリン「いやおい、そこで“なに当然のこと言ってんのこの人”って顔でぼくを見るな」

 彼という人物をよく知る人なら、きっと同じ顔でカリンを見るだろう。
 現にサンドリオンは“今更だな”って顔で馬を走らせている。
 そしてその横を、走るだけで平行する道化。
 バタタタタタと忙しく動く足と手は、じぃっと見ていると妙に笑えてくる。
 しかもその行動に時々奇妙な動作を織り交ぜるものだから、カリンはサンドリオンが妙に暗いと解っていてもつい笑ってしまう。

中井出   「で、きみの故郷あたりに行くって話だっけ?」
サンドリオン「……ああ」
カリン   「そうなのか? ていうかお前知ってたんじゃないか!」
中井出   「フフフ、愚かめ。この道化はただ当てずっぽうを述べただけよ」
カリン   「愚かめって言うのやめろ! ぼくが愚かの根源みたいに聞こえるだろ!」
中井出   「この愚か者が!!」
カリン   「者をつけろって言ったわけじゃないっ!!」
中井出   「……愚者が《ペッ》」
カリン   「ギィイイイイイイイイッ!!!」

 侮蔑の表情(仮面なので解らない)で唾を吐き捨てる動作をする(仮面なので吐けない)道化に対し、とりあえず人としても貴族としても激怒したカリンから暴風が吹き荒れた。
 振り落とされないために抱きつかれているサンドリオンと、乗られている馬にとってはいい迷惑である。そしてその脇でズババババと風に切り刻まれている道化は自業自得で済まされた。

サンドリオン「あんまり騒いでくれるな。これでも笑顔でいくには辛い場所なんだ」
中井出   「そうだこのタコ自重せい!」
カリン   「お前にだけは言われたくないんだが!?」
中井出   「よし言質を取った!
       さあ言ってやれサンドリオン! 今なら同じ言葉を言い放題だ!
       そうだこのタコ自重せい! って、ほら! ね!? はい! ね!?」
サンドリオン「頼むから静かにしてくれないか……」
中井出   「そうだ静かにしたまえこのわんぱく主め!」
カリン   「騒がしいのはお前一人だこのばか!!」
中井出   「フッ……愚かな。この道化のみが騒がしいと言いつつ叫ぶ主め。
       真に騒がしくない者とは、いちいち振り回されて叫ばぬものさ。
       サンドリオンを見習いたまえよまったく」
カリン   「《むかり》……いいぞ? そこまで言うなら黙ってやろうじゃないか。
       お前が何をやっても何を言っても、もうぼくは返事なんかしないからな」

 ふん、とそっぽを向くカリン。
 ……の、視界に現れるジーク。
 ギョッと驚くが、声を出したりはしない。
 いつの間にか“黙っている=声を出さないこと”に繋がったらしい。
 そんな彼女の視界の中、中井出という名のジークフリードは何故かカリンを見ながらカサカサと奇妙な横歩きにも似た格好で走る。
 目は何故か光が無いように黒く、口も半開き。
 某・走る氷精を彷彿とさせる走り方は、実に気持ち悪かった。
 しかもマナが戻り始めているのをいいことに、奇妙にアクロバティックな動きで空を浮いたり回転したりと忙しい。
 しまいには分身したり、ヌボチャアと頭部を首から取り外して───頭部!?

カリン   「うぎぃいいいやぁあああああああああっ!!!!」
サンドリオン「うぅわっ!? な、なんだいきなり!
       なにを急に叫んでギャアアアアアアアアアアア!!!!」

 それを見たカリンとサンドリオンが絶叫した。
 分身して両手で頭部を毟り取ると、すぐ後ろの博光2にそれを渡し……しかもその博光2も頭部を引き千切って後ろの博光3に渡してと、バケツリレーのようにブブチャアブブチャアと千切っては渡し千切っては渡し。
 博光1の頭部は千切った瞬間にはまた生えて、それをまた千切って渡してをしているために無限に生えている。そんな光景に意識が遠くなるのを感じたカリンは、

中井出「この愚か者が!!」
カリン「《ボグシャア!!》ひゅべう!?」

 本能として叫んでしまったことで、中井出に顔面を殴られた。

中井出「黙っていると言った矢先にこれとは不甲斐ない!!
    まったく、せめて目的地に着くまで我慢してみせてほしいものですな!」
カリン「無茶を言うな! ていうか人の顔を正面から殴るって、なに考えてるんだ!
    お前っ、ぼくが……だってことを忘れたわけじゃあるまいな!」
中井出「アホかてめぇ! このジークフリード! 老若男女の差別なぞせんわ!
    貴様がたとえ老人であろうとも宣言して違えたからには殴っておったわ!」
カリン「そこは是非とも加減しろ!! 相手が死んでしまうだろうこのばかっ!」
中井出「ぶほっしゅ、おいおい聞いたかいサンドリオン。
    こいつ今僕のこと馬鹿って言ったぜ? 馬鹿って言うほうが馬鹿なのに」
カリン「おぉおおおおおおおおお本当にいちいち腹の立つやつだなきみはぁあああ!!」

 気づけば分身も頭も元通り。
 変わらずに隣を走っているその道化はゲハハハハと貴族らしくない笑い方をしていた。
 一応は主従の関係にある二人は大いに騒ぎ……巻き込まれる形で騒ぎの中心のすぐ隣に居るサンドリオンだけが、「頼むからもう黙っててくれないか……」とぽそりと呟いていた。


───……。


 そうして、ある場所に到着する。
 トリスタニアを出て街道を北東に進んで二日間。
 のんびりとした田舎についた三人は、馬とともにのんびりと歩いている。
 二人は馬に、中井出は徒歩。その在り方は変わっていない。

カリン   「ここがお前の故郷なのか?」
サンドリオン「……まあ。このあたりといえばこのあたりだ」
中井出   「ふむん?」

 ハテ、と中井出は首を傾げた。
 確かこのあたりは……現代ではヴァリエールが納めていたあたりでは? と。
 しかしまあここがどれほど過去なのかは解らないため、たとえ現代じゃヴァリエールでも今がそうとは限らない。
 でも公爵って、古くから国に貢献してきた貴族じゃないとなれないんじゃなかったっけ? などとさらに首を傾げるが、結局は「まあどっちでもいいや」と呟いて、考えるのをやめた。
 言ってしまえば侯爵も古くから国に貢献してきた者でなければなれないなどと言われているものの、現代において中井出がそれを許可されたのは彼が故人だと認識されたからである。
 無理難題を受け入れ、トリステイン兵もゲルマニア兵も救ってくれ、さらにはアルビオンという国も救ってくれたのだ。一般的な貴族が一生かけても出来るかどうかの貢献といえるだろう。それが認められたからこその侯爵だった。

中井出「いい場所だね。自然が賑やかだ」
カリン「どういう言葉だそれ」

 喋るのが二人ばかりなのは変わっていないが、この場所についてからのサンドリオンは本当に無言だった。
 顔もフードで隠してしまい、言われなければ彼だと気づかないくらいだ。

カリン「……そういえば、なんで顔を隠してるんだ?」
中井出「実はキン肉族だったんだ。隠しているものを取ると顔が輝く」
カリン「本当か!?」
中井出「うそじゃ」

 暴風が吹き荒れた。

……。

 サンドリオンは無言のままに、馬を森の奥まで歩かせた。
 その間にも話し合いは続き、目的地に着く頃には哀しそうな顔をするサンドリオンと、ぜえぜえと肩で息をするカリンと、切り刻まれすぎてボロボロな馬鹿の姿がそこにあった。

中井出「大体ね、きみ。キン肉マンのなんたるかも知らんで勢いで驚くとは何事か」
カリン「よくは解らないが、
    お前が毎朝自慢するようにキン肉族のことは語っているじゃないか」
中井出「あれ? そうだっけ」
カリン「無意識なのか……」

 人が出入りしている様子もない森の奥。
 陽が差さないほど特別暗いわけでもないその森で、サンドリオンは視界が開けるより先に馬の綱を傍の樹に括りつけた。
 それを見たカリンが「ここになにかあるのか」と訊いてみるが、依然として喋らず。サンドリオンは無言のまま、視界の開ける木々の先へと歩いていった。

カリン「? なんなんだいったい」
中井出「きっとこの先に、キン肉族に伝わる伝説のマッスルフォールがあるのさ」
カリン「伝説を伝えるんじゃなくて話を伝えろ」
中井出「あ。意味が被ってたか」

 言いながら二人も続く。
 どうやら先には湖かなにかがあるようで、どこか湿気を含んだ空気を感じる。
 実際、森を抜けてみれば綺麗な光景が広がり───

カリン「ふわ……」
中井出「ほっ……ほぉおお〜〜〜っ……!」

 きれいな景色だと、自分らの口から勝手に漏れた言葉が物語っていた。
 澄んだ水をたたえた泉を中心に、その周囲を苔むした岩が囲んでいるという、二十メイル四方ほどの森のオアシス。
 岩の周りには綺麗な花々が咲き乱れており、蜜を求めた蝶がひらひらと舞っていた。

中井出「おおお……ふぁ、ファンタズィー……! 広い場所を見れば、
    ここに建物建てて儲けようぜ、とか考えない世界だから残っている景色……!
    い、いいなぁこういうの! いいなぁ!」
カリン「な、なんだ、急に燥ぎだしたりして。ももももっと余裕というものをだな」
中井出「お馬鹿! こんな時に余裕を見せる人なんて、
    大体あとであの時みんなと一緒に燥ぐだけの心があればなぁとか後悔するのだ!
    もっと素直になろう! いい景色をいい景色と認めて受け止めて、
    その上で楽しむのさ! それも、俺達人間に出来るある種の戦い方さ!」

 中井出は大層ご機嫌にそう言って、花々を踏まないように少し浮遊。
 サンドリオンが歩いてゆく方向へとまるでダービー(弟)のようにシュゴォオオ〜〜と飛んで行った。

カリン「あ、おいっ、…………まったく。
    べつに、この景色が綺麗じゃないなんて言ってないじゃないか」

 ちらりともう一度綺麗な景色を一瞥したのち、周囲に自分を見ている者が居ないのを確認すると……カリンは歳相応の少女然とした顔で笑った。笑ってから、慌てて二人を追って……やはり花々を踏まないよう、軽く浮いてから飛んで行った。

……。

 辿り着いた先で、サンドリオンは地面を掘っていた。
 苔むした岩の一角、その根元をせっせと掘っている。
 カリンが「なにをしているんだ?」と言ってみると、中井出が「大切なものを掘り起こしてるんだ」と返す。サンドリオンは無言だ。

カリン「大切なもの?」
中井出「んー……ちと事情聞いちゃったからね。主、今は黙って見ててあげて」
カリン「……?」

 解らないことだらけだが、カリンはなんだか一緒に来たのに仲間はずれにされたような気分を味わっていた。仲間はずれも何も無理矢理ついてきたのだから仕方のないことかもしれないが、それでも私だって仲間じゃない、と。
 けれど土を掘るサンドリオンの顔があまりにも真剣だったから、声をかけようなんて気は起きなかった。

カリン「……けど、綺麗な場所だな」

 しかし土を掘る者を無言で見守る空気は中々に重い。
 気を紛らわせるつもりで中井出に声をかけてみれば、彼はうむりと頷く。
 カリンも言葉を投げながらも、その言葉自体に自分も頷くくらいの光景をざっと見渡し、自然と頬が緩むのを感じた。
 こんな景色があるのなら、この真面目じゃない騎士であるサンドリオンだって恋人の一人や二人、連れてきたんじゃ───

カリン「………」
中井出「ホ? 主?」

 にこりと頬を緩ませていた主の急激な変化に、中井出は思わず声をかける。
 カリンは……いわゆる怖い顔をしていた。おふざけの中で見せるようなぶすっとした顔ではなく、本気で人を憎むような真剣な顔だ。
 そんなカリン自身は……嫌な想像をしていた。
 綺麗な場所。恋人。自分をカリーヌと呼ぶこの男。
 いつか何処にもいかないでくれと寝言のように呟いたこの男には、間違い無く確かに恋人が居た筈だ。自分が魔法で殺してしまった相手だと言っていた。
 人が大切な人を葬るとしたらどこだろう。
 私だったら、許されるのなら自分以外には知られていない綺麗な場所がいい。
 じゃあ、サンドリオンが考える綺麗な場所とは?

カリン「!!」

 気づいた瞬間、カリンはサンドリオンを止めに入った。
 殺気さえ浮かべるほどの真剣さを以って、恋人の墓を暴くなど! と叫ぶように。
 しかしそれを止める者が居た。……中井出だ。

カリン「おいっ! なんで止め───」
中井出「辛くない筈がございません。しかし、その恋人が蘇って街ひとつを屍に変えた。
    その事実を暴かないと、サンドリオン自身が納得出来やしないのです。
    人の墓を暴くのが辛いのは解ります。俺も経験してるからね。
    でも、どうか見守ってやってください。お願いですじゃ」
カリン「……お前」

 こいつがぼくに願うなんて。
 願われたことはあるが、どこか説教の延長やふざけた態度ばかりだった。
 だというのに、今のこの男は本当に真面目にお願いしてきていた。
 思わずこくりと頷いてしまうのも仕方ない。
 一度頷いてしまったのならと、止めたい衝動をなんとか押し込めて……カリンはサンドリオンから距離を取った。

サンドリオン「………」
カリン   「………」
中井出   「………《ムキーン》」

 無言。
 三人は黙って自分に出来ることを続け、カリンは「お前はなんだってそんなところでポーズ取ってるんだ」とツッコんだ。返ってきた答えといえば、「いや……しんみりムードに耐えられなくて」とマッスルポージングを続け《ボグシャア!》……殴られた。

……。

 どれくらい経っただろうか。
 掘った穴は随分と深く、ようやく気が済んだらしいサンドリオンは何処か呆然とした顔のままに空を見上げていた。
 世界は赤。
 夕陽が沈むまで掘り続けた結果、そこに屍は存在しなかった事実だけが残る。

カリン「………」

 ならばドーヴィルを死の街に変えたのは……とどうしても結論が結ばれてしまう。
 その相手が愛した相手で、しかも自分が殺してしまった相手ならば自分はどう思うだろう。想像しようとしてみても、恋も相手も居ないカリンは唇を噛むことしかできなかった。

中井出   「満足した?」
サンドリオン「……ああ」

 無表情のままに、サンドリオンは立ち上がった。
 土もとっくに元に戻してあり、そんな自分の満足のために掘り起こした部分だけが、周囲の草花の景色を汚しているようにさえ見える。
 カリンも声をかけようとしたが、かける言葉が見つからない。
 それでも何かを言おうとするが詰まり、を繰り返しているうちにサンドリオンは歩き……泉を眺めながら、恐らくはかつて恋人と見た光景を思い浮かべていた。

サンドリオン「……彼女と……カリーヌと過ごすのは、いつもここだった。
       いや、ここ以外じゃ満足に会っていられなかった。
       ここに来るのは彼女を埋めた日以来だが……変わらないもんだな」

 懐かしむように眺め、しかし時に憎しみさえ浮かべた彼に、道化は笑う。

中井出   「いっそ変わってくれてたなら、自分の心も変わっていたかも〜とか思う?
       そりゃきみ、逆恨みだよ?」
サンドリオン「ああ、解ってるさ。そうしてしまう自分が大嫌いだからな、おれは」

 でも、と続ける。
 ここは変わらない。けど、彼女は変わっちまった。
 そう続けて、サンドリオンは無表情だった顔をしかめた。

中井出「変わっちまったのか、最初からそうだったのか」
カリン「! おいっ!」
中井出「言い方選んでたら進まないものだってあるのよ、主。
    サンドリオンはここに慰めてもらいにきてるんじゃないの。
    ……いろいろ整理をつけたいのさ。人を殺すって、そういうもんだ」
カリン「………」

 人殺しの後悔が消えることはない。
 それが日常と化せば後悔すらしなくなるのかもしれないが、“初めて同種族を殺めた”という感触は消えないものなのだろう。
 サンドリオンは怒りと後悔を混ぜた表情でかつての光景をこの場に重ね、中井出は今も赤い自分の視界を以って、この景色に存在する自然たちにかつてを訊いてみていた。
 しかし、解ることなどそこから人が出てきたということだけ。この場を過去視で見たところでなにも変わらない。
 どういう理由でカリーヌと呼ばれるあの金髪の女性が蘇ったかなど、解るわけもない。
 能力を使ったことで頭痛に襲われながら、中井出は“ほらみろ、やっぱり出来ないことの方が多いじゃねぇか”と自分自身に悪態をついた。

サンドリオン「ここに彼女を埋めた時……おれは後を追うつもりだった。
       でも……出来なかった。別に義理立てとか、
       そんなことをしても彼女は喜ばないとかそんな理由じゃない。
       死人はなにも喋らないんだ、喜ぶだのなんて解るはずもない。
       そんな理由じゃなく……おれは怖かった。自分の命を自分で絶つのが。
       死ぬほど愛してるなんて言葉だって言ったことだってあった。
       それが、いざとなったら震えるだけだった」
カリン   「……お前……」
サンドリオン「何度も死んでやろう、同じヴァルハラでまた会おうと思った。
       でも思うだけだったんだ。
       杖を手に、ウォーターウィップをひと思いに振るえば、
       自分はバラバラになっていただろうに。
       彼女を殺した魔法で自分を貫けば、震えながらでも追えただろうに。
       なのに、出来なかった。最低だ」
中井出   「………ぬう」
サンドリオン「この場所で泣きながら彼女に何度も謝る自分が、ひどく他人事に思えた。
       自分は自分を他人のように見下ろしていて、もう一人の自分は謝るだけ。
       そんな時になって初めて知った事実に愕然とした。
       おれは……それまで勇気だと思って振るっていたものが“無謀”で、
       泣きながら欲していたものこそが死ぬための“勇気”だったって」
カリン   「───!!」

 その言葉に、カリンこそが愕然とした。
 違う、勇気っていうのはそんなものじゃない。
 そう叫びたかったが、声が出なかった。
 でも、じゃあどうだ? 勇気だと思って振り絞ったものを持ち、戦いに向かって。
 それで敵の郡に飲まれて死んだら、人はそれをなんと呼ぶ?
 自殺のために振り絞るものを無謀と呼ぶ人は居るだろうか。

カリン「あ……」

 自分の中で、これだけはと信じていたものがひどくちっぽけなものに思えてきた。
 途端に体が震える。
 自分はこんな不確かなものを振り翳して戦っていたのかと。
 マイヤールの名に泥を塗る、どころじゃない。
 塗る暇もなく、自分だけが朽ちるだけだ。
 勇敢に戦って死ぬ。ああ、それは名誉なことなのだろうな、“名”にとっては。
 じゃあ自分には何が残されるのか。
 名の糧となり、カリンという偽名を持った存在は“無謀”を振り翳して死んだ。
 私はそれに満足して逝けるのだろうか。
 死ぬ間際、自分は勇敢に戦ったと誇りながら笑むことが出来るか?
 周囲が無謀と言う中、勇気を持って死を受け入れられるのだろうか。
 その時の自分に愛している者が居たら? 遣り残したことがたくさんあったら? 自分にしか出来ないことをようやく見つけられた直後だったら?

カリン「………」

 震える。
 思わず“勇気”を書いて飲み込みたくなる。
 けれど彼女は、震えながらもそれを耐えた。
 視線の先にサンドリオンが居るから、というのも理由のひとつだ。
 けど、それ以上に自分に勇気をくれた騎士を、自分がきちんと目指しているのだと自分に怒鳴りつけたくなったから。
 半端な気持ちで騎士を目指したわけじゃない。
 少女が見た他愛ない、どうでもいい夢だと笑われようと、自分は少女なのだから仕方ない、受け入れよう。
 それでもあの日、追いかけようと思った飛び去ってゆく騎士の背中は幻想じゃない。

  そう。あの時確かに───わたしは、自分の運命を見つけたんだから。

 そう思った瞬間は嘘じゃない。
 たとえいつかそれを後悔しようとも、それを自分の所為だと思いながら後悔しよう。
 カリンはそう頷くと、震える手を見下ろす。
 勝手に左手に勇気を書こうとしていた右手をキュッと握って、目を瞑ってからドンと胸をノックした。
 自分には勇気と呼べる立派なものがまだまだ無い。
 今は無謀でいいから、一歩だけでも前へ。一歩ずつでも前へ。
 そんな遅い足だけど、その一歩ずつがいつかあの日の騎士様へ届くよう。

カリン(覚悟───完了)

 勇気の魔法は使わなかった。
 ただ、時々に見る自分の従者がやっていることを真似ると、ノックした瞬間の痛みの分だけは前を向ける気がした。

サンドリオン「……なぁ。ここに居る間だけ、喜んでいいか?
       彼女と約束したんだ。ここに居る間だけ、自分を想ってほしいって。
       たとえなにがあっても、ここに来た時だけはって。
       もしかしたらその時からこうなることを読んでいたのかもしれない。
       その時から、魔法じゃ死なない体だったかもしれない。
       だからこそ癒しなんて利かなかったのかもしれない。
       それでも…………それでも、愛していたんだ」
カリン   「………」

 カリンは何も言わない。
 ただ、遠慮して空けていた距離をずかずかと縮めて、サンドリオンを振り向かせて、

  ずっぱぁーーーん!!

 ……物凄い音が鳴るビンタを、炸裂させた。
 サンドリオンはぱちくりと目を瞬かせて、そんなサンドリオンを見たカリンはふんと鼻を鳴らした。

カリン「いいか、勘違いするんじゃないぞ。
    べつにぼくは、きみが今情けない顔をしていたから叩いたんじゃない。
    ぼくは、そんな大切な約束に対する答えをぼくに求めたきみが許せなかった。
    だから殴るんじゃなくて叩いたんだ。それは彼女の分の痛みだと思え」

 ずびしと鼻に指を突きつける勢いで指差す。
 サンドリオンはきょとんとしたままで、中井出は「ほわぁあ……」となんだか少々怯えていた。なにせ次に呟いた言葉が“女ってコワイ……”だったからだ。

カリン「約束したんだろう? 二人で。だったらそれにぼくを付き合わせるな。
    それが彼女にとって大事なものだったなら、彼女に対するひどい侮辱だ。
    いいか、なんて訊かずにどういうかたちであれ生きていることを喜べばいい。
    そして……恋人なら、してしまったことの清算をきみがさせてやれ」

 街をひとつ滅ぼした。
 いったいどうすればそんなことの責任が取れるかなんてことは解りやしない。
 街どころか一つの世界の住人を絶滅寸前まで殺した男も居て、そんな彼にだって答えは見つけられていないのだ。
 だからこそ中井出は「まあ、そーやね」と頭の後ろで手を組みながら、彰利のような物言いをしつつにっこりと笑った。

中井出   「死ぬ死なないはともかく、まあ生きてみなされ。
       死にたくないならそうするしかないのさ。
       あ、でも償いだとか立派な考えを持っちゃいかん。
       俺って償ってるんだぜ、なんて無駄な思考が生まれるからね。
       灰被り結構。負った痛みの分、誰かの間違いを止められればいいって」
サンドリオン「……そんなこと、許されるのか?」
中井出   「? おかしなこと言うね。じゃあ訊くけど、許可出すのって誰?
       きみがやっちまったことをソレハイケナイコトダー! って言う誰か?」
サンドリオン「それは絶対に違う」
中井出   「まあ、そうだよね。そういうことやっておいて今も生きてるなら、
       それくらいは気づいておるよね。
       ……あのね、きみがしたことに対して本気で怒っていいのって、
       その恋人さんの家族か、彼女を大事に思っていた人だけよ?
       他の誰かがそんなこと言い出したって、正直貴様にゃ関係ねぇ」
サンドリオン「いや、それは言い過ぎだろ。言われて当然のことをやって───」
中井出   「それを言うその人は、その瞬間を見たの?
       どんな気持ちでそれを味わったかを知ってるの?
       それすらも知らないで偽善で叫ぶヤツなんざほっときなさい」
サンドリオン「きみ、相変わらず容赦ないな」
中井出   「偽善のくせに善だと言い張る輩は大嫌いなもんで。
       説教は何度もされれば嫌になって、
       もうそれをされる理由を作らないようにしようって思えるけどね、
       取り返しのつかないことに対しては後悔しか生まれないの。
       説教なんてされたって許されないし、
       そいつの口からだぼだぼ垂れる許されるための行為をいくらやったって、
       死んだ人が蘇るわけじゃないし失った家族は戻らない。
       それを言っていいのは家族や大事に思っていた人だけだってのは、
       それらをしてせめてその人たちの気が晴れればって理由だけだ」

 蘇らんものは蘇らんのだから。
 彼はそう言って、サンドリオンにデコピンをかました。
 だから、どんな理由にせよ蘇ったのなら喜んでおきなさいと。
 そう言う道化の横で、カリンは腕を組んでへの字口のままにうんうんと頷いた。
 それを見たサンドリオンは……ぽろりと涙をこぼし、その感触に驚いて目に触れると、それが涙であることを知って……再び二人を見てから、子供のようにくしゃりと顔を歪めて……大声で泣いた。





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