50/騎士への道。その第一歩

 コーーーン……

中井出「主……」
カリン「………」

 よく晴れた日だった。
 道化兼従者の彼の励まし(笑)もあって、少しずつ元気になっていったカリンは、中井出の家の中井出の布団でぐったりと横倒れになっていた。
 シャルベットの前に敗れ去ったのもそうだし、「なんてものを食べさせるんだ!」と襲い掛かって足払いされて再び折り畳まれて正座させられて落ち込んだのもそうだし、主に“毒”を食べさせるなんてと言って家族の好物を毒呼ばわりされて激怒した従者にマキシマリベンジャーをされたのもそうだが、一番効いたのはカリンを探してやってきたサンドリオンからの“王からの除隊命令”であった。
 魂が抜けたようにぐったりモード。
 時々ビクンと反応を起こしては、しくしくめそめそと泣き出す。

中井出「ギャーーーッ! お気に入りの枕がァーーーッ!!」

 びしょ濡れである。
 ちなみに些細なことがあるたびに凡人として枕を濡らす彼としては、まあ枕が濡れるのは茶飯事的ななにかなわけだが……他人に濡らされるのはなにか違うらしい。妙なところでこだわりを持つ男だ。

中井出「きさーーーん! いい加減にしなさい! いつまで泣いてるんだ!」
カリン「だって……だってぇえ……じょたい……じょたいぃいい……」
中井出「そのことについてなら前もって話しておいたでしょォオオオ!!?
    エスターシュの野郎の弱みを握って大手を振って帰ればよし!
    キングってばエスターシュの野郎が嫌いだから、
    それをすればコロっと許すさグオッフォフォ……!!」
カリン「もっと正義感に満ちた提案と笑い方をしろ! ぼくが悪いみたいじゃないか!」
中井出「エスターシュは絶対に悪いことをしているはずさ!
    だから主ひとりでエスターシュの悪事を暴いて王様に報告するんだ!
    そうすれば衛士隊にだって戻れるはずさ!
    ハァーーッハッハッハッハッハッハ!《テコーン♪》」
カリン「うわ……似合わない」
中井出「ほっといてよもう!」

 ともかく、と。
 コホンと咳払いをした道化は、サンドリオンから聞いた情報を纏めることにした。

中井出「サンドリオンは既にキングと相談役についての話を進めておるらしい。
    前にも一度やったことだね。
    これをどんどんと進めてエスターシュの代わりを用意する。
    エスターシュが文句を言ったらロマリアにでも飛ばして、
    そこで頑張れって言えばいいんだ。ロマリアはブリミル教の総本山!
    名誉なことに感動の涙を流しながら王様を睨むに違いねー」
カリン「お前、結構えげつないな」
中井出「………」
カリン「だから“今さら何言ってんだこいつ”って顔で見るなったら!」

 まあでも、と中井出が続ける。
 問題なのは、そうしてみてもエスターシュがトリステインを諦めるかどうかだ。
 その言葉にカリンはグッと押し黙り、思考の海へ。
 そうだ。
 こうまで周囲を巻き込んでまで王の座を狙おうとするヤツが、ロマリア送りにされたとしてもこの国を諦めるだろうか。
 ロマリアでもっと綿密で卑劣な策謀を練って、今一度狙いにくるかもしれない。
 そうなったとき、自分には何が出来るだろうか。
 ……なにも出来やしないのかもしれない。
 サンドリオンの口から「お前、もう城にこなくていいぞ」と言われて真っ白になった自分では、なにも出来ない。エスターシュが隊士を親衛隊から下ろしたように、王も責任を取らねばってことでクビにされたのだ、今さらどうにもならない。
 けど、この従者はエスターシュの尻尾を掴めばと言う。

カリン「………」
中井出「ひょ? どうされた、主」
カリン「なぁジーク。成長ってなんだろう」
中井出「……やれやれそんな言葉の意味も解らんのかこのタコは……」
カリン「言葉の意味くらい知っているぞ!?
    お前なに人のことを理解を超えた馬鹿を見るような目で見てるんだ!」
中井出「いやまあ冗談です。まあま、今はのんびり歩けばヨロシ。
    今の主は状況も手伝って、成長期って部分に足を踏み入れたのです。
    恐らくはガキャアの頃から勇気の魔法を以って、
    悪ガキ相手にやんちゃしたんでしょう。
    そのお陰で勇気さえあればって意識が強くなりすぎておった。
    しかし今はようやく補助輪無しで自転車のったヒューマンのごとく、
    じわじわと進みだしたところなのです。多分」
カリン「じてんしゃとかほじょりんとかよく解らないが、馬鹿にされているのは解った」
中井出「言いつつも杖を構えないあなたに花丸を。
    さて、じゃあ少しずつ動いてみましょか」

 むんっと胸を張る。
 さて、付き従うものの手柄は主の手柄。
 兵に誉れなど訪れぬこの世界で、彼はジョワジョワと笑いながら行動に出たのでした。


───……。


 ゴゾォオ……!

ライトニング「URYYYY……!!」

 エスターシュの屋敷の陰にゴゾリと蠢く陰がおる。
 言うまでもなく、どこぞの馬鹿なわけだが。
 何故か時間超人の片割れの姿をしたそいつは、屋敷の壁をカサカサとゴキブリのように蠢きながら、影から影を通って屋敷に潜入していた。

ライトニング「ジョワジョワジョワ、この俺の手にかかれば、
       屋敷への潜入など赤子の手を捻るより簡単なものよ」

 そのまま進む。
 何処へ向かっているのかは、彼自身も知らない。なにせ初めて入る場所なのだ。
 なので人の気配があるところを求め、カサカサとコックローチライトニングで進んでいるわけだ。

ライトニング「ジョワッ……!?」

 気配を探知。
 カカンッと引っかかったそれを目指して進んでゆくと、とある部屋から音楽が。
 再び影を通して中に入ってみれば、中にはエスターシュと……サンドリオンの元恋人であるカリーヌという金髪修道女がいるではないか。

エスターシュ「誰が街ひとつを木偶に変えろと言った! お陰で大騒ぎだ!
       確かにやり方は任せると言った! だが程度というものがあるだろう!
       しかも王女が一緒の時に狙い、失敗までしおって!」
カリーヌ  「………」
エスターシュ「お陰でこちらはせっかく手に入れた警護任務を手放すことになったわ!
       再びあのような衛士隊のようなものに就かせるなど……屈辱だ!」

 だんっ!と机を殴りつけるエスターシュを前に、カリーヌは涼しげな表情を崩さない。
 それが余計にエスターシュを苛立たせ、舌打ちをさせる。

カリーヌ  「エスターシュ大公殿下のお望みはなんですの?」
エスターシュ「決まっておろう! 王の椅子だ!」
カリーヌ  「あら、本気でしたのね」
エスターシュ「当たり前だ!」

 ころころと楽しげに笑うカリーヌの前で、エスターシュはぎりぎりと歯軋りをしながら拳を握り締め、ふたたび机を殴る。

ライトニング(机さん……お勤めご苦労さまッス!)

 常に殴られているのであろう机さんに敬礼。
 そこから漏れる意思が、“俺……こいつが死ぬまで無事でいられたら、次はやさしい人に引き取ってもらうんだ……”とフラグを立てていた。

エスターシュ「誰がこの国を動かしていると思っている? わたしではないか!
       あの宮殿で冠を被っているだけの男が、いったいこの国になにをした?
       危うくこの国を破産させるところだったのではないか!
       所詮将軍あがりの、血筋だけで王になった男だ!
       この国の王に相応しいのはわたしだ! わたししかおらぬ!」

 両手を横に広げ、自分をアピールする。
 自分を見ろ、自分こそがと。
 そんな姿を見て、時間超人は“もうちょっと腕を上にして……あ、そうそう、そうやって気をつけをして、背筋をピーンと伸ばせば……太陽万歳!”……全く関係のないことを考えていた。
 手を伸ばしたついでに伸びをしたらしいエスターシュを見て、やはりころころと笑うカリーヌは……その実、目はちっとも楽しそうではなかった。
 そんな目のままに「ならば奪えばいいではないですか、いつもそうしているように」と提案。返る言葉は「出来るのならとっくにそうしている!」というもの。
 相談役であること頷けるように、急に王が倒れたりすれば誰が疑われるかなど解っているのだ。この時期にそんなことをすれば、たちまち大公殿下の地位からも転落。そんなことは許されない。
 あと一歩なのだ。あと一歩で王になれる。
 周囲は何も知らず、役立たずの王の代わりに評判の良い大公が王となる。
 民衆は喜び、自分の力を認めた上で賛美するだろう。
 そう考えると、先ほどまでの苛立ちとは逆に笑みが浮かぶ。
 だが、その一歩が街ひとつの屍化で躓いてしまったのだ。
 これに再び怒りを露にしたエスターシュは、机を殴りつけた。

ライトニング(つ、机さーーーん!!)

 ……いろいろあるが、真面目な場面である。

エスターシュ「まあいい……ともかく、今は自分の手を汚さずに、
       全てを王の責任にすることを優先させるのだ。
       邪魔な王の娘を、王自らの手を殺させる。
       そのためには木偶の技術をもっと上げる必要がある。そうだろう?」
カリーヌ  「あれではまだ足りぬと?」
エスターシュ「当たり前だ! あれでは魔法で動いているのが丸解りではないか!
       もっと自然に───そう、貴様のように人間味のある木偶でなければ!
       ……帰って叔父貴に伝えろ。この程度の技術では話にならぬ。
       死んでいるのに生きていると思わせるほどでなければ、
       資金援助の話は打ち切りとなる、とな」
カリーヌ  「………」

 カリーヌは返事もせずに、笑わない瞳のままに笑い、一礼をして出てゆく。
 その際、天井の陰に潜む時間超人を一瞥して、心底楽しそうにウィンクをした。

ライトニング(ありゃ、やっぱバレてた)

 もしかして、協力はしてるけどエスターシュのこと嫌いなのかも。
 彼は普通にそう思った。
 というか、堂々とニョキリと顔を出しているのに気づかないエスターシュがどうかしているのだが。

ライトニング(ふむ)

 カリーヌを追うべきか、ここでこのバカターシュを見るべきか。
 少し考えていたのだが、結論を出す前にエスターシュが動いた。
 動いたといっても突然ダンスを踊ったなどではなく、ドッカと椅子に座り直すと呼び鈴を鳴らしたのだ。
 チリンチリン、とまるでアイルーキッチンに備え付けてある呼び鈴のような音が鳴る。
 思わず両手を挙げながら駆けつけたくなる衝動に駆られるが、ライトニングは耐えた。必死に耐えた。無駄なことに全力を注ぎすぎである。
 そんな時間超人の懸命さはさておき、しばらくすると隣の部屋に通じる扉から一人の少女が現れる。歳は16〜17くらいの肩あたりで綺麗な黒い髪を切り揃えた、垂れ目の……綺麗というよりは可愛らしく人懐こい容姿の少女だった。

少女「……、……」

 ずり、ずり、と歩く。
 よく見れば両手には手錠がかけられており、足にも囚人を戒めるような鉄球付きの鎖が取り付けられていた。
 衰弱しきっているのか、表情も怯えと疲労に満たされている。掠れた声で「これ……外してください……」と言うも、エスターシュはふんと見下す口調で「それは出来ん」と吐き捨てた。
 疲労が限界となったのか青白い顔色のままに少女は崩れ、床に転がった。

エスターシュ「おい、どうした。死なれては困るぞ? お前に仕事を用意したのだ」

 心配した様子など微塵も見せずによくも言う。
 時間超人のコメカミがミキキと躍動したが、気づく者は居ない。
 再び掠れる声で「おなか空いた……」と少女が言うと、エスターシュは溜め息と舌打ちを混ぜて「一ヶ月も抜いたからな」と悪びれもなく言う。
 ……時間超人は誓ったそうな。
 もしこやつをブチノメす瞬間が訪れるのならば、我が総力を以ってそのやっすいソウルを恐怖に満たした上でブッ潰すと。
 ジョワ、と胸をノックして覚悟を決めていると、エスターシュは魔法で自分の指を傷つけた。たらり、と血がこぼれ、それを少女に差し出すと……少女は舌を必死に伸ばし、こぼれる血を舐めてゆく。

  ───吸血鬼。

 少女がそういった類の者であることを、ここで初めて彼は知った。
 ……だからどうしたということもないが。
 相手の種族がどうであれ、このライトニングには“やり方が気に入らんからブチノメす”と決めた覚悟があるッッ! 吸血鬼だから食事を一ヶ月抜いていい!? 有り得んよ!!
 なので貯金箱の入り口みたいな両目をゴカーと光らせ、エスターシュの指の傷に細工をする。すると指からゴヴァーと血が流れ───

エスターシュ「ほぎゃああああああーーーーーっ!!?」

 叫び、慌てて魔法で傷を塞ぐエスターシュが貧血でふらふらする様を見て、息を潜めてジョワジョワと笑っていた。

エスターシュ「ええいくそ! 忌々しい! 貴様いったいなにをした!」
少女    「え……し、知らない……私、知らない……」
エスターシュ「黙れ! おかしな術をつかいおって!
       いいか! これから伝える仕事を無事成功させなければ、
       貴様ら姉妹には重い罰が下ると知れ!」
少女    「そんな……ア、アミアスは? アミアスは……」
エスターシュ「……ふんっ、べつに今は元気でいるさ。餌もやっている。今はな」

 そんな言葉に安心と不安を混ぜた表情をする少女に、エスターシュはやはり見下した目を向けて口を開く。

エスターシュ「ダルシニよ。次の仕事に失敗すれば重い罰を与えるが、
       成功すれば……貴様らを解放しよう」

 それはとても魅力的な言葉だった。
 ダルシニ、と呼ばれた吸血鬼の表情が驚きに変わり、しかしすぐに喜びに変わる。
 「っ……本当に!?」と声を荒げてしまうのも仕方の無いことだろう。
 少女はもう、一年もこの男に捕らえられているのだから。
 一緒に捕まった妹のアミアスを人質にとられ、会うこともできないままに。
 少女の安堵と喜びに満ちた表情に、エスターシュはにたりと笑う。
 人の欲深き様が好きなこの男は、野望や欲望に忠実な存在を好む。その方が操りやすいからだ。金が欲しい者には金をチラつかせて操り、地位を望む者にはそう手配することで対価となる難題を突き付ける。
 当然、自分の利益になることしかしない。
 あとで金を望んだ者や地位を望んだ者が自分の足かせになるというのなら、誰にも知られずに始末すればよいのだ。そういうことを普通に考えられるほどに歪んだ心の持ち主だった。

ダルシニ「……誰を狙えばいいの?」

 たっぷりと血を飲んだ吸血鬼の少女が言う。
 その気になれば手錠も壊せるのだろうが、壊せば人質がどうなるかは解らない。
 従うしかないのだ、今は。

エスターシュ「魔法衛士隊の……そうだな、カリン・ド・マイヤールという者を狙え。
       ユニコーン隊の隊士と悶着を起こし、除隊を命じられたばかりだ。
       今、そいつをグールにして衛士隊で暴れさせれば、
       誰もがそいつが除隊命令に憤慨し、内乱を起こしたと思うだろう」
ダルシニ  「え……ぐ、屍人(グール)……?」
エスターシュ「ああそうだ。血を吸い、操れと言っておるのだ。簡単なことだろう?」
ダルシニ  「………」

 うつむき、震える体をぎゅっと押さえ込むように自分を抱き締める。
 しばらくそうしたのちに静かに頷いた。
 それを見たエスターシュはようやく満足そうに頷くと、彼女の手錠と鎖を取り外す。それから言葉もかけずに出入り口をふんっと鼻息と顎だけで促すと、舌打ちで送り出した。

ライトニング「───」

 その頭上では時間超人の血管が大変なことになっておった。
 少女はとぼとぼと歩いて部屋を出てゆき、エスターシュは動作の度に舌打ちをして、ワインを開けるとグラスに注いでそれを呷った。

エスターシュ「まったく……なぜみなこうなのだ?
       人が計画を立ててやれば悉く失敗しおって。
       やはり下に就く者など、言われたことを忠実に行える者が望ましい。
       王になればそれが可能だ。そのためには邪魔者は全て……」

 殺してやればいい。
 グラスの中のワインを揺らしながら、その男は確かにそう呟いた。

エスターシュ「王のみが全てを掌握しておればいいのだ。その他一切など駒にすぎん。
       私が望むとおりの、チェス盤で延々と蠢き続ける駒よ。
       ……それが解らんあの将軍かぶれの無能者に王は務まらん」
ライトニング「………」

 ぶちり、と何かがキレた。
 しかしここでコトを荒立てては主の手柄にゃなりゃしない。
 なので彼は再びゴカァアと目を輝かせると、ワインの成分を分析。
 文字の羅列として視覚したのち、それを書き換えてニコリと笑った。
 ……ワインは、ただの液状下剤と化したのだ。
 それをぐびりと飲む姿を見届けたのち、彼は部屋をあとにした。
 さあ、道化の始まりでございます。

ライトニング「まずは主を連れ出して、ダルシニの妹を救って……ジョワジョワジョワ」

 出てきた部屋から慌てて飛び出て、背中を向けて内股で駆けてゆくエスターシュを見送りつつ、彼は抑えようとも抑えきれずにこぼれ出た笑みで盛大にジョワジョワと笑った。


───……。


 そして…………道に迷った。

ライトニング「やべぇ……どこだろここ……」

 暗がりの通路を、不安げにきょろきょろ見渡しながら歩く時間超人の図である。
 まるでお化け屋敷で引け越しになっている可憐な少女のような姿勢で、おどおどジョワジョワと歩いている。断言するが、たとえお化けや強面の存在が彼の前に現れたとて、悲鳴を上げるのは相手側である。
 闇の中を全身白黒タイツの男がジョワジョワ言いながら現れるのだ。恐怖以外のなにもの齎してはくれないだろう。

ライトニング「ま、まあ、こんなところまで来たら、もう変装とか意味ないよね」

 ブリュンヒルデに頼み、服を騎士衣装……ではなく、村人の服にしてもらう。
 いつもの自分に久しぶりに戻ったとしみじみ実感。彼はほんわか笑顔で……道に迷っていたことを思い出し、がくりと項垂れた。

中井出「ちくしょう、なんなんだよこの屋敷。なんでこんなに通路があるの?
    ここなんてもう明らかに地下だろオイ……しかも怪しい場所に続いてそうな。
    喩えるなら塔のラトリアに行ったら塔どころか牢獄で、
    薄暗くて気持ち悪くてやる気が削がれる上に、
    進むとなんか処刑施設っぽい場所に連れて行かれた時くらいの怪しさだよ」

 言いつつも進む。
 中井出が知らないのも当然ではあるが、エスターシュ大公の屋敷には様々な抜け道が用意されていた。それは大公とその側近くらいしか知らないものであり、ダルシニだって知らないものだ。
 そんな抜け道はトリスタニアのあらゆる場所に繋がっている。トリステイン王宮のアンリエッタの部屋がオルニエールの屋敷と繋がっていたのと同じ技術だろう。
 ともかくそういった場所に見事迷い込んだこの馬鹿者は、心細さから半泣きになっていた。ドラゴンでさえ一撃で両断出来る存在のくせに、メンタルは実に弱い。
 原中名物“鬼喪堕痲死(きもだめし)”の時には本物さんと遭遇しても平気だったくせに、それが遊びじゃなければ小心者すぎるのだ。変わりに、遊びとなれば全力以上の全力が出せる変わり者。

中井出「……僕ね、人の強さって実力がどうとかの問題じゃないと思うんだ……」

 竜をコロがせてもお化けは怖い。
 カレーが好きでも玉葱が嫌いなら、カレーの全てを愛しているだなんて言えやしないのと同じだと彼は胸を張った。みみっちい。

中井出「い、いやいや、オルニエールの地下だって別になにもなかったんだし、
    ここここのくらい平気だよ!? 僕強い子だもん!」

 コツン。

中井出「ホギャアアアゥアァアアアアッ!!!!」

 背後で物音。
 途端に裏返った声で絶叫。
 後ろを振り返るが何も無く、自分の靴の滑り止め部分に挟まった小石かなんかが落ちただけのようだった。

中井出「……はっ……発声練習たーーのしィイイーーーッ!!」

 そして彼は無理矢理な笑顔で歩き出す。
 顔は笑顔。目はマジだった。
 そうやって臆病者な自分をアピールしまくりながら奥に進むと、ふと……何処からか物音と声。

中井出「……!《ぱああっ……!》」

 人が居ると知るや走り出し、しかし足音は殺しながら進んだ。
 やがて暗い通路に明かりが漏れる部屋を見つけると、再び影に潜るように接近。
 音もなく這いより、モチャリと影のまま天井から部屋の様子を覗いた。

中井出「………」

 扉の先は、なんのことはなく階段になっていた。
 明かりの正体は階段を照らす蝋燭のようで、ハフゥと息を吐きながら階上へ。
 その先へ進むと……なにやら宿屋らしい場所へと辿り着く。
 物静かな店主がむすっとした顔で店番をしており、客もまばら。部屋に居るだけかもしれないが、あまり人の出入りは多くはないようだ。

中井出「……まあいいコテ」

 そのまま店主にバレないように外へ。
 宿屋から出てみると、空はもう暗かった。
 しかもこの店、街道の端っこに存在してあったようで、すぐ裏手には鬱蒼と茂る木々。
 しかしそこが何処かも解らない彼は適当に行動を開始。マナもあと少しで完璧に戻るところまできているのでそれを使い、木々と話して人が通る場所を訊いた。
 するとどうだろう。
 つい先ほど、この森の奥へと歩いていった者が居るというじゃないか。

中井出「マジでか……もしかして森の狩人だったりしたのかな」

 それともその人しかしなら秘密の抜け道的ななにか?

中井出「そーだそうに違いねー、そういうことにしとこー」

 そうと決まればレッツビギン。
 勝手に信じ込んだら突き進むばかりの彼は、こんな暗い時間に光が届かないくらい鬱蒼と茂る森の中に入っていったとされる存在を疑ることなく、「きっと個性なのよ」で済ませてあとを追った。


───……。


 しばらく進むと共同墓地へと辿り着いた。

中井出「………」

 相変わらず小心者さを披露して、森の声を聞きながら元気に進んでいた。
 器詠の理力と呼ばれるソレは、武具に取り込んだファフニールの力もあって、草木や動物などとも会話が可能。
 なので草と話をすれば気も紛れた……のだが、墓地に入った途端、妙な声を耳にする。

中井出「おや?」

 草木や動物の声ではなく、それは“意思”だった。
 言葉よりも意思、というよりは意思でしか届かない側の声。
 それは……機械や無機物によくある声だった。

中井出「……?」

 意思が漏れる場所へと進む。
 すると一つの墓の前に辿り着き、……その横に、妙なスイッチレバーを発見。
 どうやら魔法の類のものはないらしく、好奇心に襲われるままに押してみれば……なんと墓が動き、階段が!

中井出「おいおいやべぇぜこりゃあ……」

 思わず中井出もごくりと息を飲んだ。
 震える手が無意味に顎をグイと拭うと、

中井出「これ作った人、絶対にゼルダの伝説好きだぜ……!」

 ……盛大な勘違いをしていた。

……。

 石段を……随分と長く降りた。
 地下世界でもあるんじゃないかと思うほど下りた先で彼を待っていたのは、ダンスホールほどの広さの空間だった。
 そこかしこにガラスで出来た瓶が存在し、小さな棚から大きな棚、大きなビンから巨大なビン、様々が用意されていた。
 巨大なビンの中には人のようなものがホルマリン漬けのように保存されており、保存とはいっても腐らないように固定化されただけの死体のようだった。

中井出「わーお趣味悪い……」

 小声で呟きながら、変わらず足音は殺して歩く。
 ……と、その空洞の中心、魔法で動く機械もどきの先に、一人の……蝋人形と見紛うほどに人間らしくない真っ白な肌の老人と、以前キャメルクラッチをしたサンドリオンの元恋人が話し合っているのを見つける。

中井出「………」

 不思議に思いつつ、巨大なビンのようなものに触れて、器詠の理力を発動。
 機械のようなものの意思を読み取ってみれば……これは死者を蘇らせる魔術用の器具らしい。

中井出(死者を蘇らせるって……まさか)

 ちらりとカリーヌを見て、中井出は頭を痛めた。そうだとするとまた面倒な話になりそうだと。しかし確信を得てみないことにはなんともならないので───よし盗み聞きしよう。
 彼は瞬時にそう思うと、まずは地面を確認。
 どうせこういうパターンだと何故か存在する枝を踏んで発見されるというのが《ベキャア!!》

中井出「ゲェーーーーッ!!」
老人 「ぬ!? 誰だ!」
中井出「ヤベェェェェ! デケェ声出しすぎたァァァァ!!」

 そしてあっさり見つかった。
 枝を探した途端に枝を踏んでしまうに至り、やはり何故こんな場所に枝がと思わずにはいられない。大方彼女……カリーヌの服にでもくっついたものが途中で落ちたのだろうが、そんなことは見つかってしまった彼には関係がなかった。
 蝋人形のように白い老人が血走った目で迫る。
 それはもはやホラーだろう。
 しかし状況が問答ならば彼はむしろ胸を張った。

中井出「貴様こそ誰だコノヤロー!!」

 誰だと訊かれたのならばこちらも。
 そもそも人のことを訊く時はまず自分からという礼儀も知らんのかとばかりに。

老人 「ぬえっ!? やっ……な、なに!? わ、わしが誰か……だと?」
中井出「そうだコノヤロー! 人に名前を訊くときはまず自分から!
    ちなみに今は僕が訊いてるので僕から名乗るね?
    僕は中井出博光イイマス。で、貴方は?」
老人 「ムグ……い、いや……グールヴィル、という名の伯爵だが……」
中井出「なんと! 伯爵であったか!
    で、僕がここで何をしているのかとか訊きたいんだよね?
    いやそれが聞いてくださいよおじいさん。実は平民に墓掃除を頼まれてね?
    共同墓地があまりに汚いってんで、ちょっと掃除してたらさぁ。
    なんか急に墓が動いて階段が現れるじゃない? ……下りるっきゃねーべよ」

 ニヒルに笑ってサムズアップ。
 老人はぽかんとしていた。
 ちなみにカリーヌはくすくすと笑い、老人の反応を待っている。

老人 「……」
中井出「?」

 じとりと中井出をねめつける老人は、やはり気色の悪い肌色をしている。
 消火器を被ったような白とでも言えばいいのだろうか。
 よほどに火の光に当たらぬ生活と、栄養の偏った食事をしてきたのだろう。体が白い上に目が血走っているため、人間ではないと言われても簡単に頷けそうだった。
 そんな老人の頭の中は随分と楽しげだ。
 不健康な自分が言うのもなんだが、これほど生命力に溢れた人間など見たことがない。
 この男を木偶にすれば、自分の夢は叶うのではないか? ……そう思うほど、老人は目の前の男に夢中だった。

老人 「……小僧。争いのない愛のみが溢れる素晴らしい世界に興味はないか?」
中井出「ない」

 即答だった。

老人 「な、なぜだ? お前も生きているのなら、現実を見てきただろう。
    なにをするにも争いばかり。他人を蹴落としては笑うものばかりの世界を。
    そんな場所から争いがなくなり、他人を慈しむ者ばかりが溢れるのだ。
    それのなにが気に入らん。最高ではないか」
中井出「それって、“悲しみも悩みもない、優しさと愛だけが全てを束ねる世界”?」
老人 「そうだ、決まっているだろう」
中井出「じゃあ余計に嫌だね。だってそこにゃあ“楽しい”がない。
    やさしいだけで、愛があるだけで誰も笑ってないような世界にゃ興味ない。
    この博光の求めるものそれはッ! 退屈でも悲しみでもなく楽しみだ!!
    “楽しい”のある世界こそを望むのよ!」
老人 「慈しむことを楽しめばいい。平和を楽しめばいい。そこに幸せがあるのだ」
中井出「人を簡単に殺して木偶にするような世界に慈しみがあるって?
    ……ねぇキミ、俺が言うのもなんだけど頭ダイジョブ?」
老人 「何故だか貴様にだけは言われたくないと直感的に思ってしまったぞ」

 博光ですもの。
 元気にそう胸を張り、ニッコリ笑顔。
 
中井出「まあま、とりあえず僕は遠慮しておきますよって。
    だって木偶になるんでしょ?
    キミの言うこと絶対に聞かなきゃ手に入らない幸福なんて欲しくないっす」
老人 「わしの言うことを聞くだけで、全てが平和的になるというのにか」
中井出「あのー……ひとつ訊くけど、
    その平和が来るまで、どれだけの人を僕を操って殺す気?
    殺さなきゃ木偶に出来ないなら、殺す誰かが必要でしょ?
    で、きみは裏方、そっちの修道女さんは言われればやるだろうけど、
    それが命令だからやるんでしょ? 俺は嫌だなぁ、そんなの」
老人 「解らんな。王のいうことをはいはいと聞いているだけの今の世と、
    わしが考える理想的な平和となにが違う」
中井出「きみの命令には絶対に逆らえないことと、生きてないってところだねぇ」
老人 「………」

 老人はエスターシュの叔父であり、若い頃から死霊魔術───死者を蘇らせる魔術に傾倒していた。気色が悪いと家を追い出されてからも続け、現在ではエスターシュに資金援助を受けてまで。
 しかしそのどれもが失敗であり、唯一成功したのが……彼女、カリーヌだった。

中井出 「でも博光ちょっと不思議。……ねぇカリーヌさん?
     きみってほんとにここで研究した魔術で蘇ったの?」
カリーヌ「あら。どういうこと?
     というか、私がここで蘇ったなんてこと、あなたに話したかしら」
中井出 「モノの意思を読み取る力を持ってるもんで、それでね。
     で? キミってこのグールヴィルさんだっけ? の、魔術で復活したの?
     なんかさ、むしろ最初っから死んでなかったんじゃない? とか思うの」
カリーヌ「死んだわ。あの人の魔法で、心臓をざっくりだったもの」
中井出 「………」
カリーヌ「………」
中井出 「サンドリオンがさ。キミが所属してた大道芸の一座を洗ってみたんだって」
カリーヌ「ええ、それで?」
中井出 「一座は解散。というか、全員死んでたって。
     カリーヌなんておなごも居た記録はなかったし、それに……」
カリーヌ「それに?」
中井出 「なんてーのか。
     きみさ、サンドリオンと恋人だった時、既に死んでたんじゃない?」

 なんというか、話していると物凄い違和感を覚えるのだ。
 なんと言えばいいのか。
 こうして話していれば、ああ、確かに感情はあるだろう。笑えるし、やさしい表情も出来る。でも……

中井出 「言われたことに答えて、不利になるようなことは言わない。
     そっちの爺さんのこと、蝋人形みたいだーとは思ったけどさ。
     俺に言わせりゃキミのほうがよっぽど人形だ。
     言われたことを忠実に守る人形みたいだ。
     不利になることは答えずにはぐらかせ、
     おかしいと思ったらくすくすと笑え、みたいに命令されてるみたいな」
カリーヌ「まあ、ひどい」

 カリーヌは言われた傍からくすくすと笑う。
 だというのに、どこかうすっぺらな笑みにしか見えない。

中井出 「好きだと言われたから自分もだと返す。
     キスをしたいと言われたからキスをする。
     なんていうのかな、そんな空気ばっかり感じるんだ、お前」
カリーヌ「それはひどいわ。キスは安くなんてないわよ。
     私がした相手もしたい相手も、後にも先にも彼くらいだわ」
中井出 「サンドリオンしか言い寄ってこなかった、
     もしくは彼の家が立派だったからでは?」

 言ってみると、カリーヌは微笑を顔に貼り付けて何も答えない。

中井出 「……もっと自分で動いてみたら?
     命令されるばっかりに動いてもつまらんし。
     命令で動くのは楽といえば楽だし、
     失敗しても命令したヤツにちぃとばかしの擦りつけができるけどさ。
     動いてみたところで、そういう時に限って失敗ばっかするのが世の中でもさ。
     成功した時の喜びは、相当なもんですよ?」
カリーヌ「………」

 貼り付けの笑顔のままに、カリーヌは中井出を見つめる。
 変装していなくても、その空気や森の日向の香りで、彼が自分に攻撃してきた貴族だと解る。それを知った上で“笑みのままに睨み”、口を開いた。

カリーヌ「驚いた。他人の心配なんて本気ではしない人だと思ったのに」
中井出 「んー……なんか違うんだよね。
     きみ、笑顔のくせにスゲーつまらなそうなんだもの。
     前にも誘ったけど、やっぱりこっち来ない?」
カリーヌ「お断りするわ。私からしてみれば、あなたの隣は息が詰まる」
中井出 「ヌ。そりゃいかん。じゃあこの話は無しで」
カリーヌ「あら驚いた。あっさりと引くのね」
中井出 「まあいろいろありますからね」

 にこりと笑い、互いが視線を外す。
 老人は二人の関係性についてを考えたが、今はそれよりもこの人物を木偶にすることだとニタリと笑っていた。

老人 「話は終わったかね。ではそろそろ本題に入らせてもらおう」
中井出「ああそうだな。俺もずぅっと気になっていた」
老人 「ほう? わしに答えられることならなんでも答えよう。
    きみには是非とも協力してもらいたいからね」
中井出「そうか。じゃあ遠慮なく言わせてもらうよ」

 みしり、と空気が歪む。
 老人は息苦しさを感じながらも目の前の男を睨み、中井出もまた心の中の疑問を彼に。

中井出「……赤毛のアンは鼻毛も赤いのか否かについて」
老人 「知るか!!」

 産まれて初めての大絶叫だったという。
 真っ白な体がシュカァーと朱くなるほどの激昂だった。
 しかも目の前の男は「なんだ知らんのか」と言って去ろうとするとくる。

老人 「ままま待て貴様! まさかこれで帰るなどと! むしろアンとは誰だ!?
    鼻毛!? こんな場所まで来て死霊魔術を極めんとするわしに鼻毛の質問!?」
中井出「ああ……! 真剣なんだ……!《きらきら……!》」
老人 「もっと別のことに真剣になれ馬鹿者!!
    な、なんてことを真顔で! やめろ! 希望に満ちた目で鼻毛を語るな!!」

 なんだかもう普通の人間のような血色になりつつ焦る蝋人形、もとい老人。
 しかし健康管理がなってないのかゲェッホゴホと咳き込みだす。

中井出「あぁもうそんなボデーで叫ぶからだよこのカスが」
老人 「叫ばせたのは貴様なんだが!? カス!? 誰がカスだ!!」
中井出「ていうかキミ臭い。風呂とか入ってねーだろこの野郎。
    ちょっとこっち来ォー。
    貴様に健康管理と自己管理ってもんをインストールしてやる」
老人 「《がしっ》ぬおっ!? なっ! ちょっと待て! 貴様誰に向かって!
    わしはグールヴィル伯爵だぞ! わしにこんなことをしてっ……」
中井出「こんなところで引きこもってるってことは、
    もうとっくに家追い出されたか爵位から外れてるでしょーに。
    それともなに? 正式に爵位を親から譲り受けたりしたの?」
老人 「ぐっ……む、むむぅ……!」
中井出「わははははそれみたことか! このカスが! カスめ! カスめ!」
老人 「ギィイイイーーーーーッ!!!!」

 彰利風カスコンボを決めてみると、老人は歯軋りしつつ顔を真っ赤にして涙目になった。いっそ哀れだが、カリーヌはなにも言わずに連れていかれる老人を見送った。

……。

 ややあって───

老人「エキサイティン《パパァーーーッ!!》」

 血色良く、若々しく輝いた老人がそこに居た。
 なんだか毒されているが、気にしちゃならない。

老人 「おお……これが真実のわし……! 体が軽い……! 力が溢れるようだ……!」
中井出「どれだけ垢を溜めとったんだってくらい出たなぁ……。
    しかも栄養水飲ませたら体がフルフルみたいに赤白く脈動し始めるし……。
    これが誇りの道を歩む者への太陽の導きから外れた紳士の末路なのか……」
老人 「まあそれはそれよ。ともかく貴様を木偶に変えたいので協力しろ」
中井出「ギャア遠慮無くなった!?
    垢とともになにか大事なもの落としたりしてません!?
    順序とか段取りとか段階とか愛を語るなら最初は手を繋ぐところからとか!」
老人 「青春ならば若い頃に落としてきたが」
中井出「()ッたぁーーーーーっ!!!」

 目も当てられない。
 しかしそれがどうしたとばかりに胸を張るその男は、「さあ!」と中井出に迫る。

中井出「木偶にならなりません」
老人 「な、なぜだ! そうすれば貴様はその姿のままに、永遠の慈しみの世界に!」
中井出「や、だって俺、不老不死だし」
老人 「なんですって!?」

 何故か素っ頓狂な声(乙女チックで白目)な声で驚かれた。もうなんなんだコイツ、と彼は思ったそうな。

老人 「不老不死……!? しょ、証拠は! 証拠はあるのか!」
中井出「ここにほぼなんでも斬れる剣があります。腕を斬ります。くっつきます」
老人 「ゲェーーーーーッ!!!」

 い、いや、ゲェーって。
 原メイツ以外では滅多に耳にしない言葉に、彼は再び驚いた。
 まあ実際、腕を切り落とした血が吹き出たのに、落下したその血や腕が重力に逆らってぐちょりめちょりと腕にくっつく様を見せられれば、叫びたくもなるだろう。

老人 「も、もう一度! その原理を研究させてくれ!」
中井出「お断りですよふざけんなジジーソン!
    これでもマナ使うんだから余計なことはしたくないの! OK!?
    疑う人は面倒だからわかりやすいカタチで見せただけであって、
    完全回復するまでは本当はマナは使いたくないんだから!」
老人 「マナ? マナというのが鍵なのか。なるほどなるほど……!
    だが待て、それを研究することはわしの死霊魔術に反するのでは?
    わしが目指すのは死霊魔術であって、どうあっても死んでいる。
    しかし不老不死は生きたまま生きることであり……」
中井出「あの。帰っていいすか?」
老人 「まあ待て。たまには他者からの知識も入れて、脳に刺激を与えるべきだ。
    おい貴様、話を聞いていけ。そしてひとつでもいいから意見を残せ。
    納得出来たら拾ってやる」
中井出「偉そうだなこの野郎」
老人 「貴様にだけは言われたくない」

 自覚があっても、実際に偉い人に弱い自分がやる瞬間がたまらないことを知っている彼は、別にツッコんだりはしなかった。

老人 「知ってのとおり、あの女……ノワールはわしの最高傑作だ」
中井出「のわーる? なにかそれ」
老人 「さっき話していただろう。修道服の金髪の女だ」
中井出「いやなに言ってんのお前。あれカリーヌだよ?」
老人 「ふん? まあ名前などどうでもいい。
    アレ自身は“黒”……ノワールと名乗っているのだからな」
中井出「あー……ノワールって聞いたことあると思ったら。カジノとかで聞く言葉だ」
老人 「もっとマシな場所で聞いたことはなかったのか……」
中井出「お黙り蝋人形この野郎。言う前にこの研究施設をマシな場所にしろ」

 風呂も無い場所で、どうやって風呂に入れたのかといえば。
 なんのことはなく、創造で用意した。
 無駄なマナ使ったぁあ……と落ち込む彼だが後悔はしても満足げだ。

中井出「で? そのノワーリングがどうしたの」
老人 「見て解る通りだ。アレには感情がある。水の魔法でただ動く木偶とは違う」
中井出「…………そうみたいだねぇ」

 本当に木偶なら。

中井出「それで、他の木偶との違いは?」
老人 「わしはな、やつが死ぬまえに恋人関係にあった若造が気になっている」
中井出「そうか……お前も悟ったか。そう、それが恋だ!」
老人 「違うわ!! そういう気になり方ではなく、
    ノワールが感情を持って蘇ったことに関してだ!!」
中井出「あーはいはいツンデレツンデレ」
老人 「何故温かい目で見つめる!? ええいとにかく話を聞け! そして聞かせろ!
    ……不老不死の視点でみて、木偶とノワールとの違いを!」
中井出「ふむ? んー……」

 サンドリオンから一度だけ聞いたことがある。
 よくある例え話の“俺一回だけ、〜たことがあるよ”とかそういうものではなく、本当に一度だけ。
 酒に酔うとよく昔を思い出すあの男が、ついぽろりとこぼした昔話。
 魔法で恋人を殺してしまい、必死になって回復魔法をかけたがダメだったこと。
 たとえばだが、もしその必死さがカリーヌの体に……カトレアの時のように魔力の残留をカタチとして残したなら、それと死霊魔術が反応して感情を残した、などという奇跡が───?

中井出「誰かに恋してたから、体に愛が残ってたとか?」

 ……言っていてサムくなった。
 言葉がサムいのではなく、あのカリーヌが恋などするのだろうかと真剣に考えた故。
 どれもこれもが本気には見えない、人間として見る彼女に危うさばかりを感じた。
 竜だろうがなんだろうが差別なく見る彼にしては珍しい感情だ。
 おっかしーなぁ、なんて頭を掻いてみるが……それも大して意味もなく終わる。
 それは、彼が人間だからこそ感じる種類の恐怖に違いなかった。

中井出「ま、いいや。ともかく協力する気はござんせん。人殺しも大概にしときなさい。
    べつに慈しみの楽園を作るなとは言わないけど、
    それに他人の生涯を巻き込むのはいただけない」
老人 「……殺すな、と言いたいのか」
中井出「言ってるでしょーが。墓でも暴いて、それを使えばいいさ。
    ただし、人に危害を加えない方向で。
    死体に固定化かけて、延々と研究し続ければいい」
老人 「……恐ろしいことを平然と言うのだな」
中井出「人間だからね。軽口でならなんでも平然と言えるのが人間でしょ」
老人 「ふふっ……いいぞ、その人間臭さを自覚したところが気に入った。
    やはりどうあっても貴様にはわしの木偶になってもら《ゴキャア!》デブ!?」

 狂ったことを言い出した老人の首をコキャスと折って気絶させる。
 もちろん回復させることも忘れず。

中井出「はあ……道に迷った挙句に面倒なことを知ってしまった……」

 いっそ研究施設ごとぶっ潰してくれようかとも思ったが、まあ。

中井出「死霊魔術とはいえ、人の夢なんだよなぁ……ああ儚い儚い」

 マナを使いたくないというのもあるものの、まああれだ。
 これでエスターシュが叔父を使って木偶を作っているという裏が取れたのだ。
 ならばこれを王に報告させて、エスターシュを追い詰めれば手柄となる。
 そして手柄の全てはカリンに押し付けて自分は再び道化道を極めんとす……!

中井出「完璧な作戦じゃないかね! うわぁっはっはっはっはっは!!」

 教訓。こういう笑い方をする者は、大体どこかでポカをやらかす。

中井出「……そう思うであろう?」

 だがこの四天王最弱は他の四天王最弱とは二味は違うのだ。
 きっと何処かにエスターシュの不正行為に関する資料や、計画のためにいろいろやった書類がある筈だ。
 それを探すため、彼はエスターシュの屋敷へ戻り、探索することに決めた。
 とりあえず、面倒だから主を連れてきた上で。





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