54/きっと来てくれるまでぽつんと待ってたんだろうなぁ

 翌日の夜───などと言わず、そのままGO。
 夜の闇に紛れて訪れたのは繁華街の居酒屋の後ろにある下水道の入り口。
 土魔法で張り巡らされた汚水が通る場所だ。
 そこへとダルシニが下りてゆき、中井出、カリンがあとに続く。
 カリンはその暗さに明かりの魔法を唱えようとしたが、「温存しといて」と言う中井出の言葉に詠唱をやめて、中井出が出した明かりに、へえ、と目を丸くした。

カリン 「ジークフリード亭の明かりもそうだけど、これってどうなってるんだ?」
中井出 「店の明かりは露明石っていう光る石の結晶を使ってて、
     魔法で反応するようにいじくってある。もちろん手動でも点きます。
     で、これは月醒光っていって、闇や邪なるものを退ける力が───あ」
ダルシニ「……! ……!《ガタガタブルブル……!》」
中井出 「アーーーッ!!」

 そういえば吸血鬼だった!
 中井出は慌てて月醒光を消すと、怯えさせてしまったダルシニを抱き寄せて頭を撫でまくり、宥めた。
 いたいけな少女に見えるダルシニだが、見えるどころか普通に気の弱い少女なのだからたまらない。簡単に怯えるし、こういった魔払いにもとても反応する。よくエスターシュに捕まるまで平気だったものだと褒めてやりたいところだぁ……と無駄にブロリーの真似をする中井出の反応も当然だ。……ブロリーは度外視するとしても。

中井出「じゃあえーと……これで」

 武具宝殿から光の刀、熾天陽輝刀・無間裂鬼を取り出して意思を引き上げる。
 と、剣から眩い光が放たれて真っ暗だった下水道が、陽の下と変わらないくらいに照らされる。

カリン 「これ……眩しすぎないか?」
中井出 「しょうがないでしょ微調整できないんだから!」
ダルシニ「あう……眩しい……」
中井出 「見ろ! きみがわざわざ口にした所為で怯えてしまった!」
カリン 「お前はなんでぼく以外にばっかりやさしいんだ!」
中井出 「だって主ってば文句ばっかりで、素直に甘えるとかしないんですもの。
     そのくせ傷つくことがあると人のところへ来てうじうじと」
カリン 「はうっ……」

 図星だったらしい。
 軽く俯いて、なんとか反論を探して───いるうちに、ダルシニと中井出はザムザムと奥へ向かってゆく。

カリン「置いていくことないだろ!?」
中井出「馬鹿野郎! そげな大声出して、見つかったらどうなされるおつもりか!」
カリン「だからお前にだけは言われたくないってば!」

 下水道ではよく響く声を出しながら、ギャーギャーと進んでゆく。
 ダルシニは心底思ったそうな。大丈夫かなぁと。

……。

 ダルシニの心配を余所に、一行はひとつの壁の前に辿り着いた。
 ここが? と視線で訊ねるカリンの横で、何故か中井出が帽子だけを取って髪をさらさらと動かしている。というか……

中井出「主、主、この壁……風が漏れてきてるぜ?」

 え? と集中してみればなるほど、確かに風が漏れてきている。
 と、ここでダルシニがレンガの一つに手をかけると、それがガコリと外れる。
 カリンは「隠し通路か!」と驚くが、一方の中井出は「誰もガイア幻想紀ネタだって解ってくれねぇ……」と落ち込んでいた。当たり前である。
 ともあれレンガをどかすのを手伝うと、そこには人一人が通れるような穴が出来た。
 三人はそこを通り、再びレンガを直すと……奥へと続く通路を歩く。
 もうそこは下水道のような作りではなく、年代を感じさせる古びた通路になっていた。

カリン「何千年も使われてないような作りだな……」
中井出「それってブリミルの時代からってこと?」
カリン「そう……なるのかな。そうかもしれないな。
    そんな時代の遺産を牢獄に使うなんて、エスターシュめ」
中井出「その時代から牢獄だったって可能性は否定ですかね主」
カリン「うるさいな。いいからエスターシュを悪く言いたかったんだ」
中井出「おおなるほど。主、そちも悪よのぅ」
カリン「む。ぼくは正義さ」
中井出「ノリ悪いなぁ」

 先へと進む……途中、ダルシニが急に中井出の背に隠れた。
 ひょ?とその様子を伺ってみれば、ここから先は怖い、と言う。

中井出 「そ、そうか〜〜〜〜〜〜っ!
     こ、この先に番人とやらがいるというのか〜〜〜〜っ! よし行け主」
カリン 「お前が行けよ! 普通こういう時は従者から行くものなんじゃないか!?
     “主───ここはわたくしめが”とか言って!」
中井出 「なにを言っとるんだこの男は……」
カリン 「お前それはわたしの正体を知ってて本気で言ってるのか!?」
ダルシニ「あうぅ、その、あんまり騒ぐのは……!」
中井出 「みろ! 貴様の所為で怒られてしまった!」
カリン 「どう見てもお前の所為だろ!」

 散々騒ぎながら前へ。
 隊列は中井出、ダルシニ、カリンということになった。

中井出「ほへー、しっかしこりゃまたなんとも……」

 歩く中、照らされた通路の壁には、時折古いルーン文字を見る。
 やはりなにかに使われていたのか、それとも脱走者発見のルーンだったのか。珍しさを感じながらも奥へ行くと、中井出の鼻がツンとした嫌な匂いを察知する。

中井出「こりゃあ……」

 毒性も混ぜた、冷たさを感じる嫌な匂い。
 ヤスデと似ていて、しかし匂いが強い。
 もしかして番人の正体ってそれ? そんなことを訊いてみると、ダルシニは正体は解りませんがと話し始めた。
 なんでもこの屋敷では人間の他に、亜人や魔物なんかも木偶にしているらしい。
 つまりオーク鬼や巨大生命体なんかもいるやも、という話だ。
 ならばこの匂いの正体も……

中井出「………」

 カサカサという音が気になって、思い切って暗がりの向こうを照らしてみる。
 照らすものが刀であるからして、光を発する方向を変えれば結構先まで照らせる。
 すると……向かう先とは違う通路の奥に蠢く巨大な物体。
 それはいわゆるジャイアントスコーピオンと呼ばれるものであり───

ダルシニ「……! 〜〜〜〜っ!!」
中井出 「《ギュギューーーッ!!》アガガーーーーッ!!」

 その姿を確認してしまった、吸血鬼なのに臆病なダルシニは、涙を目一杯に溜めて中井出の首に抱きついた。
 最上級の血をたらふく飲んだ吸血鬼の無遠慮な抱擁に、彼の喉が絞まる絞まる。

中井出「グアッ……ゴゲッ……アベシャリッ……ゲリッ……!」

 メキメキと絞められる音にカリンが気づかなければまずかったほど。
 慌てて止めたカリンに感謝を述べつつ、お香が利いてる内にさっさと行こうって話になった。

中井出「はふー……じゃ、じゃあ……先に行こうか?」
カリン「………」
中井出「主? …………? ホワッ……!」

 先へ向かおうと、振り向いた先。
 十匹以上のジャイアントスコーピオンが、ガサガサと蠢いていた。
 こりゃ固まる。
 むしろ、あそこで意地になってお香を増殖させてなかったらと思うと寒気がする。
 ダルシニはもう泣いていて、中井出の背中にぎううと抱きついている。
 そこが弱点な彼としては「ギャアーーーッ!」と叫ばずにはいられない。
 もしデートなどをして、“お待たせっ!”などと後ろから抱きつかれても同じ結果だろう。ロマンチックの欠片もない。

……。

 通路を出ると、そこは食料倉庫だった。
 ダルシニはいつもここから外に出ているらしい。いつもといっても、エスターシュに命令された時だけだが。

中井出 「妹さんが居る牢屋の場所は解る?」
ダルシニ「は、はい。こっちに……」

 言って、ダルシニは食料倉庫の出入り口に手をかけた。
 一応、出る前にカリンが風を使って外に人が居ないかを確認。
 それから扉を開けると……地下廊下に出た。
 地下独特の、どこか湿気を含んだしっとりとした匂いがする。
 一直線に続いているわけではない場所で、しかも照らしておかなければ真っ暗な場所。
 だがこの先は明かりは危険だとダルシニに言われるままに明かりを消す。
 明るかった分、急に光がなくなると真っ暗だった。

カリン 「これは……なんにも見えないな」
ダルシニ「大丈夫。わたし、夜目が利くから」
カリン 「さすが吸血鬼」
中井出 「ククク、当然このジークフリードもよ」

 言って死神化を解放。
 目だけを死神のものにすると、ギパーンと深紅に染まる目が闇の中に輝く。

カリン「お前、目が光ってるぞ。ていうか何者だほんとにお前は」
中井出「つけものだ。美味いぞ」

 殴られた。

……。

 お香パワーにより安全に歩いて……どれくらい経っただろう。
 ふと、人の気配を感じた中井出と、カリンの手を取って先導していたダルシニが足を止めたのは同時だった。
 どうした、と訊ねそうになるカリンの口をそっと手で塞ぎ、奥を見てみれば……暗い通路の先に、置かれた椅子にどっかりと座る甲冑姿の誰か。間違い無く見張りだろう。
 その奥には鉄格子も見えて、どうやらここが目的地で間違い無いらしい。

カリン(……見張りはあいつだけなのか?)
中井出(ちょいとお待ち…………んむ、人から人外まで、気配はあやつだけだね)
カリン(そうか。それじゃあ)

 あとは自分の仕事だとばかりにカリンが風を操る。
 すると風が動き出し、見えない戒めとして甲冑の誰かに襲い掛かる。
 叫ぼうにも口も塞がれているので、そのまま首をキュッと絞めたら動かなくなった。
 カリンはどーだとばかりに従者に胸を張ってみせるが、彼はポンと肩に手を置いて「ふぅ〜〜〜う……」と首を横に振った。

カリン「……? ……!? ち、違うぞ!?
    べつに胸を自慢したいわけじゃっ……!
    ていうかこの状況で胸を自慢する馬鹿が何処に居る!
    ……じゃなくて……ち、ちちち小さくて悪かったな!!」

 暗がりでも解るほどに真っ赤になった顔はさておき、見張りが居なくなったことで駆け出したダルシニが牢の奥の奥へと向かう。
 それを追う中、カリンは明かりに照らされた牢屋のひとつひとつに目をやり、うぷ、と口を押さえた。そこには様々な亜人たちが押し込まれていたのだ。
 オーク鬼、翼人、見たことのない生物までもが、疲れた目でカリンを見つめていた。

カリン「趣味が悪いな……というか、ここまで覇気のないオーク鬼なんて初めて見た」
中井出「目が合えばホガーって襲ってくるやつだものねぇ」

 ダルシニは一番奥の牢屋へ向かったらしく、それを追って歩く。
 そこではダルシニによく似た少女が涙目で座り込んでおり、姉の姿を見て随分とほっとした風情で息を吐いていた。

ダルシニ「あっ……鍵……!」

 妹のことが心配で、見張りから鍵を取るのを忘れていた。
 慌てて戻ろうとするダルシニだったが、カリンに制されて足を止める。
 エア・カッターで鉄格子を斬ろうと……するカリンだったが、同じように中井出に制されて詠唱を止める。

中井出「閉じ込めておくものだからって、なんでも破壊、ヨクナイ。これ、人間の知恵」

 言うや鍵穴を分析。同じカタチのものを木の枝を生やして再現してみせると、それで鍵をカチンと開けてみせた。
 そんなことまで出来るのかと驚くカリンに、然の加護と月然力があれば……ちょろいもんですとニコリと微笑。そんな笑顔はあっさり無視され、カリンもダルシニも牢屋の奥のアミアスに駆け寄っていた。

中井出「いや……いいんだけどね?」

 言いつつ、話が通じそうでいて大人しめな亜人が居る牢屋も開けてゆく。
 なにかエスターシュが不利になるような物的証拠とかってなぁい? と訊いてみても、首が横に振られた。

中井出「グーム」

 既に握っているものはある。
 これさえキングに見せれば全てひっくり返りますよ的なものだが、これはヤツが最高潮に達している時に呈して絶望のどん底に落としてやろうというものだ。
 詳しく言えば、屋敷探索中にカリーヌさんに見つかって、どうぞとばかりに渡されたのだが。本当に、あやつは何を考えてるのか解らん。
 コリコリと頭を掻いて、彼は次の牢屋へ向かっ───たその時。

声 「おやおやこそ泥とは……っふはは、
   まあ、魔法衛士隊に似合いの仕事と言えばそれまでなのだが」

 聞こえた声に咄嗟に変身。
 暗がりの奥から現れたそいつを見て……彼はごくりと喉を鳴らした。
 それは当然カリンもだった。

カリン   「エスターシュ……!?」
エスターシュ「大公殿下様が抜けているぞ、小僧」

 エスターシュ? が、どうしてここに!?
 別の見張りが来るなら解る。でも、なんで本人が?
 ───まさか、はめられた!?
 バッとダルシニを見るカリンだが、ダルシニは怯えた表情でふるふると首を横に振る。

エスターシュ「解らない……といった顔だな?」
ライトニング「ジョワ?」
エスターシュ「わか……誰!?」

 暗がりに居る白黒時間超人にこそ、彼は驚いた。
 解らない顔もなにも表情が変わることがないのだから、どんな顔もなにもないのだ。

エスターシュ「ななな何者だ貴様! なに……本当に何者だ!?」
ライトニング「ジョワジョワジョワ、俺はライトニング。見ての通り時間超人だ」
エスターシュ「見てもさっぱり解らんわ!!」

 まさにその通りだった。
 そんな狼狽えを見せるエスターシュだったが、カリンと吸血鬼姉妹の呆れた視線に気づくとハッとし、キリッと表情を戻す。

エスターシュ「ごほんっ! ……何故ここに、と言いたいのだろうがね。
       そんなものは簡単だ。そうなるように仕向けたのだから」
カリン   「そうなるように……?」

 言葉を返しながら、ここでエスターシュを人質にとってしまおうかと考えていたカリンは、握った杖を……構えることなく息を飲んだ。
 エスターシュの後ろから、甲冑を着た騎士や貴族がぞろぞろとやってきたのだ。
 いくらなんでもこの狭い場所であの人数はない。
 逃げ出そうとした亜人たちも息を飲み、カリンたちごと簡単に通路の奥に追いやられてしまう。

エスターシュ「ダルシニの性格はよく知っている。
       命令通りにきみを屍人にして暴れさせればそれでよし。
       実行出来ず、誰かを頼りに妹を奪い返しに来るもよし。
       来たら来たで、そいつは魔法衛士隊に係わり合いのある可能性が高い。
       あとは番人のスコーピオンにやられるもよし、ここまで来るのもよし。
       死ねば木偶にして操るだけなのだからな。
       どちらにしろ連れてくるか屍人にするか。それだけが重要だったのだ」
カリン   「木偶……じゃあやはりお前が!!」
エスターシュ「おっと喋りすぎたか。だが抵抗は無駄だ。
       どれだけ力を持っていようが、
       相手の陣地で戦うことの不利さくらいは衛士隊といえど知っていよう。
       後ろの者たちを倒したところで、呼べばいくらでも来るぞ」
カリン   「このっ……卑怯者! 正々堂々と勝負しろ!!」

 叫ぶ。
 しかしエスターシュはふんと鼻で笑ってみせた。

エスターシュ「卑怯。はん? 卑怯だと? 貴様のルールに従って、
       貴様の有利な条件で戦うことの何処が正々堂々だと言う。
       正々堂々というのはな、小僧。互いの全力を以ってぶつかり合うことだ。
       それ以外が正々堂々などと、笑わせる」
ライトニング「ジョワジョワ、それについては同感だ」
カリン   「なっ!? お前っ!」
エスターシュ「ほう? 話が解るではないか。まあ、そういう訳だ。
       ……さて、これ以上無駄話に付き合うつもりもない。
       貴様が置かれている状況と、これからのことを話してやろう」

 圧倒的な数を前に、追い詰められるカリンは恐怖で足が震えていた。
 勇気を、勇気をと自分の中で唱えているが、そんなものは役にも立たない。
 勇気の魔法を使いたくなったのも一度や二度では全然足りない。
 けれどそれをしようとするたびに、サンドリオンの顔が頭に浮かぶのだ。
 勇気と無謀は違うと。恋人を殺して理解したことなのだ。それを、どんな理由があるにせよ無駄にしたくはない。
 たとえその恋人が生きていようが蘇ろうがだ。

エスターシュ「きみは除隊されたことでユニコーン隊を逆恨みし、
       その長であるわたしを殺そうと屋敷に忍び込んだ。
       そこに居る吸血鬼と結託してな」
カリン   「なっ……なんだと!?」
エスターシュ「わたしはどんな状況であろうと利用する。することが出来るのだ。
       政治とは、どんな不利な状況をも自分の利益に変える力を指す。
       きみは、ここに来た時点で既に負けているのだよ。
       恐怖の象徴たる吸血鬼との結託。
       そして、国家宰相たるわたしを暗殺しようとしたこと。
       捏造だろうがここにきみが居て吸血鬼とともに居る。これが証拠となる」
カリン   「貴様……貴様、貴様貴様貴様!
       ずっとそうやって人を蹴落としてきたのか!
       自分のために! 自分の目的のために!」
エスターシュ「自分のため以外に動く馬鹿など居やしない。
       きみとて名誉挽回を狙ってきたのだろう?」
カリン   「っ……あっ……く……!」

 図星を突かれ、言葉が出なくなる。
 けれどいくらなんでも目の前のこの男ほどクズな理由じゃなかった筈だ。
 だというのに反論出来ない状況に涙が出る。悔しくてたまらないのだ。

ライトニング「ジョワジョワジョワ、そう、人とは自分のために動くもの。
       それは貴様とて誰かを通じてとっくに知っていたことではないか」
カリン   「───! お前っ……お前までそんなこと……」
ライトニング「実際その通りだサンダージョワジョワ。
       この時間超人とて自分のためにここに立っている」
カリン   「……、……」

 ……ぽろぽろと涙がこぼれる。
 裏切られた気分だとでも言えばいいのか?
 厳しいながらもこいつだけは違うと思っていたのにと泣き喚けばいいのか?

カリン「…………あ」

 たぶん、どれも違う。
 そうだ、思い出してみればいい。
 泣いたっていいから思い出せ。
 こいつの“自分のため”は……

ライトニング「ただねぇ……これだけは言いましょう。
       貴様の“自分のため”には反吐が出る」

 ……いつだって、人の笑顔に繋がっていたのだから。

エスターシュ「ほう? ならばどうするという? わたしを殺してみせるか?
       この数を前に、そうほざけるのか?」
ライトニング「貴様を殺す。はいほざいた。
       やーいやーいほざかれてやぁんおぉ〜〜〜っ!! だっせーーーっ!!」
エスターシュ「ギィイイイーーーーーーッ!!!」

 べしべしと尻を叩きながら馬鹿にする態度に、エスターシュがあっさりとキレた。
 もちろんそうなれば突撃命令も出されるというもので───

カリン   「おぉおおおおい!!? なにやってるんだこの馬鹿ーーーっ!!」
ライトニング「あ、みなさん、抵抗しないでね? ここは大人しく捕まるのです」
カリン   「なっ……そんなことしたら───」
ライトニング「大丈夫大丈夫、お兄さんにまぁっかせなさーーーい!!」

 言っている間にあっさりと押さえつけられた。
 しかしハッと気づくと亜人たちはいつの間にか消えており、疑問の視線を中井出……もといライトニングに向けてみると、そいつの影から黒い炎のようなものが出ていて……「融合、完了!」などと意味の解らないことを言っていた。

エスターシュ「人の屋敷に入り込み、吸血鬼と結託してわたしを殺そうとした。
       有罪だな、どう見ても有罪。処罰は処刑というカタチでいかがかな?
       ユニコーン隊の存在を嫌った魔法衛士隊が企てたこととして処理し、
       衛士隊という存在自体を潰させてもらう」
カリン   「っ……〜〜〜〜っ……許さない! 貴様だけは絶対に許さない!」
エスターシュ「好きなだけほざいていろ。きみの処刑は……そうだな、三日後だ。
       それまでの間、せいぜい欲しいものでも唱えているといい。
       わたしはやさしいからな、
       きみのような見るからに貧乏貴族では食べられない、
       豪華な食事を運ばせようじゃないか」
カリン   「お前じゃ無理だ」
ダルシニ  「あなたでは無理」
ライトニング「お前には出来ないかもしれない。夢見てんなよ大公てめぇ」
エスターシュ「何故食事の部分だけ反応が冷たい!?」

 ジークフリード亭の食事を知るのならそれも当然だった。
 ……結局抵抗することなく捕まり、処刑は三日後となり……それを聞いた衛士隊メンバーはひどく驚く結果に繋がる。




55/王とは、騎士とは如何なるものか

 現在、魔法衛士隊の主だったメンバーは宮殿の、フィリップ三世の前に居た
 カリンらが捕まった翌日の今日、街では宣伝のビラが配られ、そこには魔法衛士隊の陰謀を香らせる内容がデカデカと綴られていた。
 吸血鬼とどこで仲良くなったのか、なんてことと、もしかすると衛士隊全体で飼っていたのかもしれないなんてことが書かれていて、それはもうエスターシュの都合のいいような内容でしかなかった。
 これを見たフィリップの怒りは凄まじいものだ。
 すぐにヴィヴィアンによって収集がかけられ、現在に至る。

フィリップ「これはどうしたことか!!」

 三人の姿を見るなり叫ぶ姿に、サンドリオンもバッカスもナルシスも身を竦めた。
 ヴィヴィアンも冷や汗を掻くばかりであり、隊長代理なんてろくなものではない、と内心泣きたくなっていた。

フィリップ 「余はあれほど言ったではないか!
       今は新たな宰相を迎えるべく準備をしているところだと!
       だというのに屋敷に忍び込み、暗殺を企てるなど!」
ヴィヴィアン「それは、陛下自らが大公にお訊きになられたのですか? 命を狙ったと」
フィリップ 「訊けるわけがなかろう!
       そちの命を狙った小僧を余に調べさせよと言えと!? 出来るものか!
       事件はやつの屋敷で起き、やつが捕らえたのだ!
       それをこちらへ寄越せと言えば、
       それこそ衛士隊を疑われ、やつらを付け上がらせるだけではないか!」

 もっともだ。
 四人は静かに溜め息を吐き、カリンの行く末を按じた。
 だが、それも無駄に終わる。

ヴィヴィアン「では、陛下はこの件に関しては……」
フィリップ 「エスターシュに任せるほかないだろう。どうにもならん」

 四人は顔を真っ青にした。
 すぐに情に厚いバッカスが声を上げるが、逆に正論で返されてしまう。
 一時的にとはいえ衛士隊の仲間だったのだからと言えば、それが問題なのだと。
 仲間だったから助けようとすれば、余計に衛士隊全体の陰謀だったのではと疑われる。
 助けようがないのだ。

フィリップ「決定は覆らん。娘は悲しむだろうが、いい加減大人にならねばならん。
      余の跡継ぎとなる婿を取らねばならぬのだからな。
      ……よいかお前たち。
      いくら魔法衛士隊が鉄の結束を誇っているからといって、
      今回ばかりは手出ししてはならんぞ。
      これ以上エスターシュの有利を作ってはならん。
      もしこれに関して、これ以上問題を起こすようであれば、
      係わったもの全てを処刑とする」

 そう言って、フィリップは謁見室をあとにした。
 四人は何も言えずに拳を握り、そんな姿を見送ることしか出来なかった。

……。

 帰路を歩む。
 とぼとぼと、あの馬鹿者が来るまでは三馬鹿と呼ばれていた三人、サンドリオンとバッカスとナルシスが。
 ヴィヴィアンとは宮殿で別れ、今はジークフリード亭へ向かっているところだ。
 こんな時にやつはなにをしているんだと、向かい始めたのがきっかけ。

バッカス「…………助けるぞ」
ナルシス「……! ……どうやって」

 そんな中、暗い気持ちを握り潰し気持ちでバッカスがこぼした。
 ハッとするナルシスは、言葉では否定的に言うが、まるでどこかでその言葉を待っていたといった風情だ。
 しかし……サンドリオンの表情は明るくない。

バッカス  「処刑の日に護送されるだろう!
       エスターシュの屋敷から出てきたところをこう、颯爽とだな!」
サンドリオン「どれだけの警護がつくと思ってる。向こうだって当然警戒している。
       いや、それどころか喜ぶんだろうな。見ろ、やはり衛士隊全てが、って」
バッカス  「う、ぬ……! ならば変装でもして!」
ナルシス  「こう言うのもなんだが、“係わったもの全てを処刑”だ。
       変装したって捕まれば殺されるんだ。解るだろ」
バッカス  「じゃあなにか!? 見捨てろっていうのか! あの勇敢なやつを!
       確かに除隊から立ち直るためだったかもしれん!
       だがあいつは自分だけで、
       オレたちがまごついて出来なかったことをしようとしたんだぞ!」
ナルシス  「そんなことは解っているさ! でも、じゃあどうしろっていうんだ!
       ボクだってなんとかしてやりたいさ!
       屋敷に乗り込むなんて話を前日にされたら、
       ボクだって乗り込んでいたかもしれない!
       ひと泡吹かせてやりたかったのはボクだって、きみだって一緒だろう!」

 互いを憎むかのように苛立ちをぶつける。
 意味がないことくらい解っているのに、やめることが出来ない。
 悔しさからか、歯をぎしりと鳴らしても耐えることが出来ず、バッカスは通りの壁を思い切り殴った。

バッカス「あいつはまだ十五歳なんだぞ……!
     女も知らない、酒の味だって覚えたばかりで、
     ようやくここでの暮らし方ってのを解り始めた頃なのに……!
     この世のいいこともろくに知らないままのやつを、
     見殺しにしろっていうのか!? いやだぞオレは!」

 声を荒げるバッカスに、サンドリオンは静かに、疲れた声で「よせ」と言う。
 ナルシスもバッカスもキッと睨むが、答えなど解り切ったものしか用意できない。

サンドリオン「おれたちが出て行ったところで、衛士隊全てに迷惑がかかる。
       ……おれたちの行動に、衛士隊を巻き込むわけにはいかない」

 けど、解りきっているからこそやりきれない。
 バッカスもナルシスも当然解っていて、怒りを壁などにぶつけることしか出来なかった。

サンドリオン(………)

 引っ叩いただけじゃ足りなかったのか。
 それとも、否定ばかりする自分がダメだったのか。
 夜、あいつを探して駆けていった先でこの二人に会って、とっくに出て行ってしまったことを知って。
 ジークフリード亭に行ってもその姿はなくて、探し回ったところで見つからなくて。
 翌日になってみれば、結果だけが残っていた。
 ただ……こんな結果でも、しっかりと行動を起こしたその心には拍手を送りたい自分が居た。カリーヌのことに囚われて、事件を追うというよりはカリーヌのことばかりを追っていた自分には、どうやっても出来なかったであろう行動。
 その結果が処刑なのだとしても……あいつは自分の中の勇気でもって、それらの行動をしていたのだろう。……騎士になるために。衛士隊に戻るために。

サンドリオン(……騎士、か)

 静かに空を見上げ、思った。
 騎士になりたいと言っていた十五歳。
 あの小さな見習いに、自分は騎士らしいところの一部であろうと見せただろうか。

サンドリオン「………」

 ぎう、と拳を握る。
 勇気と無謀は違うと自分はよく言っていた。
 誰かの人生を壊して得た答えだ、覆ることなんてあるわけがない。
 けど、じゃあ、そこに誰かの人生がかかっていたなら、それは覆るんじゃないのか?

サンドリオン「はぁ……」

 冷や汗が垂れる。
 きっと、考えていることはひどく馬鹿げたこと。
 実行するなら命を落とすことになるような、馬鹿げたもの。
 けど、それはとてもとても───

サンドリオン「……覚悟か。いいな、これ。勇気も無謀も、全部詰まってやがる」

 胸をノックして笑った。
 そうだ、無謀だろうが勇敢なことだろうが───それはとてもとても、既に灰を被った自分には似合っていた。
 だったらその灰を、自分の過去のために泣いてくれた馬鹿者にも被せてやる。
 衛士隊の迷惑になるっていうなら、燃え尽きる前に“これは俺達四人で企てたことだ”と叫んでやるさ。
 だから今は、勇気も無謀も混ぜた覚悟を以って。

サンドリオン「なぁ」
バッカス  「……なんだ」
ナルシス  「……なんだい」

 怒ることにも疲れた二人に声をかけ、拳を突き出す。
 かつての日に忘れてしまった貴族の顔で。いつかの日に捨ててしまった騎士の顔で。

サンドリオン「騎士になってみるか。飾るだけの騎士じゃない、
       あの大馬鹿野郎が憧れた、馬鹿で勇敢で無鉄砲な騎士に」

 ……訪れる沈黙。
 けれど二人は一気に破顔すると、その拳に自分の拳をどかんとぶつけた。
 サンドリオンとナルシスが悲鳴を上げたが、バッカスはそのまま豪快に笑った。


───……。


 一方、エスターシュの屋敷の地下牢。

ライトニング「ぬぇ〜〜むれぇ〜〜〜っ! ぬぇ〜〜むるぇ〜〜〜っ!!」
カリン   「《バスン! バスン!》いたっ! いたいっ! なにをするんだ!」
ライトニング「え? 子守唄でも」
カリン   「寝ようとしている相手の腹をバスバス叩くことのどこが子守唄だ!」
ライトニング「バカヤロコノヤロォ、言っておくが俺がガキンチョの頃は、
       保育園……そういう施設に居た我らは、
       寝ようとするたびにバスバス腹を叩かれたんだぞこの野郎(実話)」
カリン   「寝かしつけようとしている相手に恨みを買うようなことしたんだろ……」
ライトニング「いやぁ……その時は僕も大人しいジェントルメンだったはずなんだが」

 言ってみたら鼻で笑われた。
 さて、中井出、カリン、ダルシニ、アミアスが捕まってからとっくに一日が経過し、牢屋の中でなにをするでもなく日が経つのを待つ時間が続く。
 杖も奪われ、もはや何も出来ない四人だ。そうする以外にはなかっ───

ライトニング「おいこらエスターシュてめぇ! メシ持って来ォ! メシ!
       とびきりウメーのだ! 半端なモン持ってくんじゃねーぞ!
       さっさと持ってこいよォ〜〜〜っ、ホラァアァァアァ!!」

 ……否だった。
 言ったからには約束守れよテメーとばかりに、中井出はエスターシュに豪華料理を用意させまくった。ダルシニとアミアスはベジタリアンなので、肉類は一切使用するなよと伝えて。

兵士    「ふん、いい気なものだな。すぐに処刑されるというのに」
ライトニング「ジョワジョワジョワ、もしかしてこれ食べたいの?
       ねぇ、これ食べたいの? どうなのよねぇねぇ、ねぇったら!
       ねぇ食べる? あげようか? ねぇ。うっそぉ〜〜ん、あげぬぁ〜〜い」
兵士    「ギャアアアアアアアアアうぜぇえええええええっ!!!」

 そして見張りには盛大に嫌われていた。主に、というかライトニングだけが。
 死ぬまでの三日間は盛大に持て成してやるようにと命じられたからには、攻撃などできるはずもなく。兵士は日を追うごとに胃を痛めていった。

ライトニング「おいおい兵士てめぇ! 茶がねぇぞ茶がよぉお〜〜〜っ!
       ジョワジョワジョワ!
       ホラァ〜、さっさと高級茶を用意するんだよぉ〜〜〜っ!」
兵士    「貴様絶対に殴ってやる! 処刑の日になったら絶対に!」
ライトニング「んなこたぁいいからさっさとしろ兵士てめぇ! 茶だよ茶ァ!
       あと茶菓子だ! 一番いいのを用意しろよてめぇ! ジョワジョワ!」
兵士    「ぎがぁああごごごごぉおおおお……!!《ミチミチミチミチ……!》」

 処刑の日までに兵士がストレスで死なないかが地味に心配である。
 そうじゃなくても今、ミチミチと躍動しているコメカミの血管が切れやしないかとハラハラしてしまう。
 ともかく兵士が離れたのを見送ると、中井出は膝枕にしているカリンの頭をさらりと撫でた。というかこの状態で腹をボスボス叩くほうがどうかしている。

カリン   「はぁ……それにしても……死ぬのか」
ライトニング「え? 誰が?」
カリン   「誰って……ぼくらに決まっているだろ」
ライトニング「いやいや、死ぬ可能性があるとしたらさっきの兵士だけだよ?
       主にストレスが原因で。見張りって大変だね。エスターシュは鬼さ」
カリン   「清々しいほどに他人になすりつけてるな。
       相手が相手だから悪いとは思わないけど。
       ……で、お前の言うことだからいちいち疑うのも疲れたけど……」
ライトニング「うむ。必ず生きた状態でサンドリオンの家に戻してあげましょう。
       それとも怖い? 従者の言うこと信じられない?」
カリン   「もういろいろと観念した。どうせぼくにはどうしようもないし、信じる。
       でも……怖いな。目に見えないものを信じるのは、とても怖い」
ライトニング「ふむ。じゃあ……あれだね。
       主に勇気が訪れますようにって、歌を歌いましょう」
カリン   「また子守唄なんて言って、叩くんじゃないだろうな」
ライトニング「ジョワジョワジョワ、まあそう疑るんじゃあありません。
       聞かせたことがある歌だし、
       それで元気になってくれるならってものだから」
カリン   「ん…………そっか。じゃあ……聞く」

 不安がないわけではない。
 むしろ不安でいっぱいな、ざわつく心を落ち着かせるために目を閉じる。
 心臓の音はずっとうるさいままだ。
 それでも、この馬鹿の膝枕で寝ると随分と落ち着いた。
 それはダルシニとアミアスも同じようで、もう片方の足で寄り添うようにして寝ている。その毛布はどこから出したァァァとか兵士が言っていたけど、そんなことも関係ない。だってこいつはこういうやつだ。道化にいちいち疑問を抱いたら楽しめないのだから。

ライトニング「では聞いてください。勇気の歌……ブレイブ」

 中井出は歌い続けた。
 強がってみせてはいるが、ふるふると震える主のために。
 夜が来ると悪夢を見たのかうなされて、その度に起きそうになる主を落ち着かせるために。時には家族を思って泣いてしまう主を慰めるために。
 そんなことが処刑の日まで続き……その時にはカリンはもう、その歌を覚えきっていた。
 勇気の魔法は……もう使わない。
 生きていられるにせよ死んでしまうにせよ、怖くなったら心の中でこれを歌おう。
 少女がそうやって頷いた時、とうとう兵士が“出ろ”と告げる。
 終わりの日が来たのだ。
 全員が猿轡をかけられ、無駄に多い兵士たちに連れて行かれる。
 ダルシニとアミアスはいろいろと諦めた表情で、ただ係わらせてしまって申し訳なかったといった様相でカリンに頭を下げていた。
 そんな中、とある時間超人だけがドカバキギャー!と兵らにボコボコにされていた。





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