56/憧れた騎士と、諸人を魅せる者の姿

 馬車に乗せられ、ゴトゴトと道をゆく。
 どんな道を進んでいるのかは解らないが、それが死へと向かう道なのは確かだろう。
 従者であるジークフリードの言っていることが、ただの気休めだったとするなら自分たちは間違い無く死ぬのだ。
 しかし……死ぬのは怖いのに、どこか清々しい気持ちもあった。
 自分がとった行動は間違っていたかと問われれば、きっと自分は違うと胸を張れる。きっと、それは何度訊ねられても。間違っていないと胸を張れるなら、自分はきちんと無謀ではなく勇気を以って歩めたのだ。
 ……あいつが居たらまた怒って、わたしを叩くのかな。
 縛られ、猿轡をされた状態のまま思ってみると、少し惨めだった。そんな惨めさが今は笑える。むしろ傍に転がるボッコボコの時間超人が滑稽すぎる。笑っていいだろうか。

カリン「………」

 胸は張れても怖いものは怖い。
 じわじわと胸を焦がす、息を荒れさせる恐怖。
 死にたくないと何度思っても決定は覆らない。
 むしろ、こんな捕まった状態の従者になにが出来るのか。
 それともバッカスやナルシスがなんとかしてくれる?
 サンドリオンは……あいつが動くわけがない、無理だ。
 じゃあ、じゃあ自分はやっぱり死ぬのだろうか。
 不安ばかりが込み上げてくる。
 そんな不安から逃げたくて、勇気の歌を心の中で歌う。
 怖い。怖い怖い怖い。たすけて、たすけて。
 恐怖がどんどんと込み上げる中、何度も何度も歌う。

カリン(〜〜〜〜っ)

 涙が出てくる。
 滲む視界が余計に自分を不安にさせ、それを拭うことも出来ない状況に抵抗の無意味さを思い知らされる。
 だというのに───

カリン(あ……)

 ふと、耳に届く音楽。
 勇気の歌の音楽。
 どうやって鳴らしているのかなんて解らないけど、それを耳にしただけで……森の日向の香りを嗅いだだけで、ひどく落ち着く自分が居た。
 なんで、と訊かれたら…………ああ、そっか。

カリン(こいつはいつもいつも滅茶苦茶だけど……。
    どうしようもない嘘をつくことなんて、しなかった)

 約束は守るやつだった。
 冗談でなら平気で嘘をつくやつだけど、それは誰かの笑顔に繋がること。
 笑顔にならないことなんてしない。
 じゃあ……なんだ、自分は助かるのか。

カリン「………」

 すぅ、と息を吸うと、あれだけ煩かった鼓動も落ち着いて、滲んだ視界もそれ以上に滲むこともなく。あれだけ欲した勇気は、従者への信頼へと向けられた。
 自分が起こした行動だ、怖くても後悔はない。
 失敗した時のことをどうして考えなかったのかと思わないでもないけれど、そんなことを思っていたら自分は何も出来なかったのだろうから。
 だから……この事件の成り行きだけは見届けようと、カリンは一人、小さく頷いた。

……。

 馬車が中央広場へ着く。
 街にある中央広場は通りとは違ってとても広く、噴水もあって中々に綺麗だ。
 そんなところへ処刑台は設えられ、人が死ぬそこには市民がこれでもかというほどに溢れかえっていた。
 みな、処刑と聞いて怖いもの見たさで集まった野次馬のようなものだ。

カリン「………」

 その中には王女の危機を救ったという話で褒めていた人物も居て、しかし今投げかけられるのは罵声ばかり。
 馬車から下ろされ、姿を見せれば一層の罵声が飛んだ。
 ダルシニやアミアス、吸血鬼を下ろしてからはさらに。
 しかし時間超人が下りると一瞬にして騒ぎは静まり、あまりにボッコボコな姿になんだか可哀相なものを見る目で見られた。

カリン(ちょっと前まで、英雄扱いだったのにな)

 人の心なんてこんなに簡単に移り変わるんだな。
 カリンは寂しげに、再び罵声を飛ばし始めた市民たちを眺めた。
 彼らは自分に期待しない。自分もきっと、もう期待はしないのだろう。
 たとえ無事に生きて戻れて街中で会ったとしても、掌を返して笑う彼らを自分は正常な人間として捉えられない。
 そう思うと、きっとこの世界で一番怖いのは魔物なんかじゃなく───

カリン(わたしは、こんな世界に生まれたのか───)

 人を恐れ、涙したのは何度目だろう。
 親に叱られて泣いたことも合わせれば、きっと多いのだろうな。
 でも、叱られもしないで、人が怖いと思ったことなど……決闘でもないのに怖いと思ったことなど、これがきっと最初で……最後であってほしい。彼女はそっと目を閉じて、そう思った。


───……。


 青い空を仰ぐ。
 いい天気だ。
 そんな空の下、久しぶりに腕を通した服を見下ろすと、ふっと笑みがこぼれる。

ヴィヴィアン「随分とまた、派手に決めたものだな、サンドリオン」

 魔法衛士隊の正装で己を固めた姿に、ヴィヴィアンは感心したように言う。
 彼……サンドリオンは騎士の名に恥じぬ一礼を隊長代理に見せ、今までの死んだ目ではなく生きた目で彼女の目を見て言う。「騎乗の幻獣を受領に参りました」と。

ヴィヴィアン「……止めに入る気か? ただでは済まないどころか、処刑だぞ」
サンドリオン「世界のいろんなことを知らない馬鹿が、無鉄砲の先で死のうとしている。
       そんな馬鹿に、“騎士”ってものを見せてやりたくなっただけです」
ヴィヴィアン「そのためなら死刑でも構わぬと?」
サンドリオン「……おれの……───俺の勝手な思い込みから生まれた思考から言って。
       仲間を見捨てる貴族は、“騎士”とは呼ばないものなんですよ」

 視線も外さずそう言うと、ヴィヴィアンは「っは!」と笑い、鍵を放り投げてきた。

ヴィヴィアン「そうか。なら、仲間が待っている。行ってやれ。
       行って、精々エスターシュの前で暴れてやれ」
サンドリオン「……と、いうと」
ヴィヴィアン「“アテナイス”を使え。
       わたしも、エスターシュには叫びたい罵声が山ほどある。
       だから、わたしの分まで暴れてこい。骨は拾ってやる」
サンドリオン「……感謝します」

 再び礼をし、投げ渡された幻獣の檻の鍵を持って歩いてゆく。
 屋敷の裏にある檻へ。
 そこでは騎乗用の幻獣たちがぎゃあぎゃあぴいぴいと喚いている。
 ついこの間まで見習いであるカリンが世話をしていたやつらだ。
 サンドリオンは奥の奥へと歩き、そこでどっかと横になっているマンティコアへ言葉を投げる。

サンドリオン「アテナイス、出番だ」

 アテナイスと呼ばれたマンティコア───ライオンの胴と頭に鷲の翼。尻尾は蛇という、幻獣という名に相応しい姿をしたそれが、のそりと立ち上がる。

アテナイス『戦かえ? サンドリオン』

 老成した個体は知性が発達し、言葉と魔法を操る恐ろしい幻獣へと成長する。
 このマンティコアはその“特別な”個体だった。

サンドリオン「ああ、大変嬉しいことに、相手はこの国の宰相さまだ」
アテナイス 『───ほっ! ホッホッホ! それは愉快だわえ!
       同じ種族同士で争い合うなど、やはりお前たちは面白いえ!』

 これは腕が鳴るとばかりに喜ぶ姿は戦闘狂。
 そんなマンティコアに鞍をかけると、勢いをつけて跨る。
 さあ、もはや躊躇の気持ちも微塵にあらず。
 ……行こう、きっと自分の最後の戦となるであろう、騎士の戦へ。


───……。


 死ぬときは火炙りの刑がいい、なんて言うやつを自分は知らない。
 処刑台に乗せられ、丸太に括り付けられながら、カリンはそんなことを思っていた。
 そもそも死にたいと思っているやつを自分は知らない。
 きっと、ダルシニもアミアスもそう思っているはずだ。
 吸血鬼に生まれなければ、こんな恐怖も味わう必要すらなかっただろうに。

騎士「お集まり頂いた紳士淑女の諸君! これよりこの者の罪状を告げる!
   この者、魔法衛士隊に所属しながら、
   国家宰相であるエスターシュ大公の暗殺を企てた!
   その上、人類の敵である吸血鬼と結託していたのだ!
   その罪、万死を以っても贖えるものではない!
   まさに始祖と神をも恐れぬ所業である! したがって、この者を火刑に処す!」

 言われるままの罪状を読み上げ、刑を告げる騎士。
 その言葉に観衆から悲鳴があがる。
 生きたまま火炙りにする火刑は最も厳しいものとして恐れられているものだ。
 その予想は出来ても味わいたくはない苦しみに、カリンの心に再び恐怖が灯る。
 油がかけられた瞬間など、意味も無く涙がこぼれ、口からは訳のわからない言葉が吐き出されるほど。
 人としての本能が死にたくないと叫んでいた。しかしそれは訳のわからない言葉にしかならず、涙しながら叫ぶほかない。

カリン「い、いやだ……」

 火炙りの刑に処するというのに、猿轡を外した意味はなんだろうかと考える。
 無様に喚けとでも言いたかったのだろうか。

ライトニング「ねぇ主。他人に頼ることって弱いことだと思うかい?」

 しかし、その思惑通りなのだろう。彼女は泣きながら、騎士が近づけてくるたいまつを見て首を振っていた。
 つけられたら終わる。でも逃げられない。たすけて、たすけて。

ライトニング「格好いい主人公とかはさ、なんでも持ってるんだ。
       危機が来ようがなんでも乗り越える力とかをさ。
       きみはきっと、勇気の魔法を使ってそんな自分を思い描いていた。
       だから“自分は負けない”っていつも思えたんだ」

 まだなにもやってない。夢も叶えていないし、女としての幸せだって知らないのに。

ライトニング「そう考えると、英雄ってのはすごいよね。
       なんでも出来て、信頼も思うがまま。カッコつけても様になっててさ」

 いやだ。なにも残せず死にたくない。残したって死にたいだなんて思えない。

ライトニング「でもね、俺は思うのですよ。深く、深く」

 なにより、あいつに叩かれたままの自分で終わりたくない。

ライトニング「なんでも出来るヤツの隣にはね、それを支えてやれるヤツが居ないんだ。
       当然だよね、一人でなんでも出来るんだから」

 子供だと思われたまま死にたくない。

ライトニング「だからね、主」

 ぼくは、ぼくは、……〜〜〜っ……わたしは───!

ライトニング「───泣いてもいい。胸を張れ」



   ぶわぁっ、と……風が吹いた。



 え、と口が声を漏らすと、風でたいまつが消える。
 三角のフードを被った、たいまつを持っていた男は戸惑って……けれど、その体が吹き飛ぶ。
 ……わけも解らずにぼうっとした。
 ただ、自分は生きていて……自分を焦がす火は傍にはなくて。
 死ぬかもしれないっていうのに馬鹿みたいに青く綺麗な空の下、それは自分の前に舞い降りたんだ。
 ライオンの胴と頭、鷲の翼を持ち、尻尾が蛇という……いつかの騎士様が跨っていた生き物───マンティコア。
 騎士さまが助けてくれた。
 そんな言葉が頭の中を占めた瞬間、カリンは泣き叫ぶのではなく、静かに、ぽろぽろと涙する。
 いつかの騎士さまじゃなくても構わない。
 ただ、生きていることと、助けてくれたことに感謝した。
 そして───

サンドリオン「我は魔法衛士隊マンティコア隊所属、騎士サンドリオン!
       このたびはこの不当な処刑を止めるべく、参上つかまつった!」

 ───太陽を背に現れた姿が彼であったことに、ひどく安心した。
 衛士隊から除隊され、関係がなくなったとしても、自分は仲間だと勝手に思っていた。もしかしたら助けに来てくれるんじゃと考えないわけもなく。
 けれどこの処刑台に至るまで、誰も来てはくれなかったのだ。
 ……見捨てられたのかと思った。
 それなのに。
 人を叩いてまで無謀を語ったこの男が……来てくれたのだ、自分を救いに。

カリン「───」

 その姿を美しいと思った。
 いつか憧れた騎士の姿がそこにある。

バッカス「同じく、魔法衛士隊、騎士バッカス! この処刑に異議を唱える!!」

 聞こえた声にバッと目を向ければ、警備兵を豪快に吹き飛ばすバッカスが。

ナルシス「当然、この魔法衛士隊、騎士ナルシスも唱えさせてもらう!!」

 その横には真鍮のゴーレムを操り、警備兵を吹き飛ばすナルシスの姿が。

カリン「………」

 仲間というものを知る。
 いつも騒いでばかりで迷惑をかけていたはずなのに、それでも自分を救おうとしてくれる仲間が。
 ああ、ジークの言うとおりだ。泣いてもいい、自分は胸を張るべきだ。
 なのに、嗚咽が邪魔して下しか向けない。
 感謝を届けたいのに、口からは子供みたいな泣き声しか漏れてくれない。

騎士「見よ! 罪人を庇うべく魔法衛士隊が現れたぞ!
   やはり一連の事件は衛士隊が企て実行したことだったのだ!」

 俯き、泣くカリンをよそに、三人の姿を見た騎士の一人が声高らかに叫ぶ。
 それを見たサンドリオンは杖を騎士に向け、騎士よりもよく通る声で叫んでみせる。

サンドリオン「貴様らはそれでも騎士かっ!
       怪しげな術を用い、我らを苦しめたのは誰だ!!」

 全く怯まぬ態度と叫びに、騎士らがうぬ、と怯む。
 そんな騎士を押し退けて、にやりと笑って現れたのはエスターシュだ。

エスターシュ「面白いことを言うなぁサンドリオンくん。
       そこまで言うのなら、確かな証拠でもあるのであろうな?」

 あるはずがない、とにやにや顔を隠すことなく問う。
 しかしサンドリオンはそのニヤケ顔をキッと真っ直ぐに見ると、

サンドリオン「申し開きの場を設けてくれるのであれば、いかようにも反論しましょう」

 きっぱりと言ってみせた。
 すると、にやけていた顔が一気に怯み、狼狽え始める。
 こいつめ、悪党にしては気が小さいようだとサンドリオンは笑う。
 その態度にカチンときたのか、エスターシュが叫んだ。

エスターシュ「ええい貴様ら! なにをしているか! 処刑中止を言った覚えはない!
       衛士隊の連中ごと罪人を葬ってしまえ!!」

 叫びとともに押し寄せるのはユニコーン隊。
 その数は百ともとれるほど存在し、観衆の中にも紛れ込んでいたのだろう、次から次へと駆けてくる。
 馬鹿げた数を前にカリンは目の前が真っ暗になるが、

サンドリオン「カリン。騎士の戦い方を見せてやる」

 いつもは死んだような目、やる気のない姿しかしていなかったそいつが、生きた瞳でそんなことを言った。
 言った途端、マンティコアから飛び降り、着地するや突っ込んでくる騎士たちの波に自らも突撃した。
 馬鹿! とカリンは叫びそうになった。直後に血飛沫が舞い、ひう、とカリンが悲鳴をあげるが───血はユニコーン隊のもの。先制で一番前の騎士の腕を斬り飛ばしてみせ、怯んだところへ蹴り一閃。
 杖に宿った“ブレイド”が容赦なく奔り、ユニコーン隊を次々に無力化させてゆく。

カリン「………」

 魔法が放たれればそれを掻い潜り、そこを狙ってブレイドを落とす騎士の杖を、そのブレイドごと両断し。
 ファイヤーボールを放つ相手は炎の玉を水の鞭で両断、驚愕に染まる相手の顔面に圧縮した水の塊をぶつけて吹き飛ばし。
 容赦のなさに怯んだ隙に水の礫を乱射。これにさらに怯んだ先から相手の指を蹴り砕き、切り落とし、彼が行動するたびに飛沫があがり、次々とユニコーン隊の連中が地面に転がる。
 すごい、と……普通にこぼせるほど、その姿は美しかった。
 騎士の戦い方。あれが騎士の戦い方か。
 自分のように馬鹿の一つ覚えみたいに空を飛んでは奇襲をするのとはまるで違う。
 それは、あまり強くないのだろうと勝手に思い込んでいたバッカスとナルシスもだ。
 二人は勢いのままにユニコーン隊に突っ込んだというのに、その勢いのままに次々と連中を叩きのめしてゆく。

バッカス  「はっはっは! なんだなんだ! ユニコーン隊とはこんなに弱いのか!
       たった三人になんてざまだ!」
ナルシス  「きみたちはもっと自分を鍛えるべきだ!
       隊の名に胡坐をかくようでは、ユニコーンに失礼というものだ!」
サンドリオン「二人とも! 無茶はするなよ!」
バッカス  「わはは、おかしなことを言うなきみは!
       今の状況が無茶でなくて、他になにが無茶だというんだ!」
ナルシス  「まったくだ! もう無茶の中なんだ、無茶をしなければ損だぞ、きみ!」
サンドリオン「……そうか。では、前進!!」
二馬鹿   『応!!』

 カリンは……三人の戦い方を目に焼きつけながら思った。
 ……あそこに自分が立てないことが、なんとも悲しいと。
 仲間だからこそともに戦いたい。
 そんなふうに自分が思える日がくるなんて、考えたこともなかった。

カリン「…………ありがとう」

 だからせめて感謝を。
 勝手な行動をとった自分を助けにきてくれてありがとう。
 自分を仲間として見てくれて、ありがとう。
 これが不当な処刑であると、疑わずに叫んでくれて……ありがとう。

  しかしそんな勢いも長続きはしない。

 事の次第をエスターシュに任せていたフィリップにこの騒ぎが報告され、彼がこの場まで躍り出てきたのだ。

フィリップ「これは……これはいったいどういうことかぁっ!!」

 ギリギリと歯を食い縛るほどに顔面を怒り一色にした王。
 その怒りの全ては魔法衛士隊の三人へと向けられており、当の三人は顔を見合わせると処刑台に上り……四人の縄を切った。

エスターシュ「陛下! こやつらめが急に現れ、処刑の邪魔を!
       やはり今回の一連の事件、魔法衛士隊が───」
ライトニング「はいそこまで!」

 ざわ、と怯えながらも騒ぎを見守っていた観衆がざわめく。
 王が現れたことで、しんと静まり返っていたところへのその反応は、実に耳につく。
 そんな中にあって、声を張り上げたそいつ……中井出は、にやりと笑ってとあるノートをフィリップへと投げ渡した。

フィリップ 「? ……なんだ、これは」
ライトニング「まあまあ、まずは読んでみてください。
       気に食わなかったら処刑でもなんでも好きにどうぞ」
フィリップ 「……? ………」
エスターシュ「……、……? ───!? なっ!? そのノートは!?」

 フィリップ三世がノートを開き、書かれていたものを流し読みで見る。
 するとどうだろう。
 流し読みでさえ呆れるほどにびっしりと書かれている文字、文字、文字。
 そして、その文字ひとつひとつが表しているひとつの陰謀。
 これは───

ライトニング「ご覧の通り、一連の事件の計画を書いた、エスターシュの計画書です」

 エスターシュの表情が絶望色に変わる。
 ぎろりと彼を睨むフィリップの目は、王の目ではなく戦をする将軍の目だ。
 その迫力に、エスターシュはひぃと声を漏らした。

エスターシュ「な、なにをでたらめを!
       適当に書いたことをわたしの字に似せただけだろう!」
ライトニング「ちなみにきみの机の中にありましたが(知らないけど)」
エスターシュ「そんなもの、どうとでも言えるだろう!」
ライトニング「じゃあ───」

 コシュ、と指パッチンが鳴らなかった。
 しかし突然なにもない空間から声が響く。
 それは、エスターシュが地下牢でカリンや時間超人や吸血鬼たちに言った言葉たち。

エスターシュ「なっ、えっ、な、なぁっ……!?」
ライトニング「愚かよなぁ……実に愚かよ。
       この原中が提督たる我の前で能天気にべらべらと己の悪事を語るとは」

 なんのことはない、“いつものように”声を録音して再生しただけである。
 吸血鬼を使ってカリンを誘き出したこと、一年も吸血鬼を飼っていたこと、王の座が欲しくていろいろ手を回したこと、ドーヴィルのしかばね化の最高責任者は彼であること。様々が暴露され、エスターシュは真っ青になっていた。

エスターシュ「なっ……なんだそれは! お、おおぉお大方なんらかの蓄音魔法で、
       わたしの声でもつなぎ合わせて……!」
ライトニング「ならば映像で。はいな」
エスターシュ「!? ば、ばかな! やめろぉおーーーーっ!!」

 言ったところでもう遅い。
 空中に突如として現れた膜に、ライトニング目線でのエスターシュの遣り取りが映し出される。これにはもう、エスターシュは呆然とするほかない。
 なぜ、どうやって、などは二の次だ。
 こうして実際に喋っている映像を見せられては、人々は自分の中で問答を繰り返し、答えを探ってゆく。“魔法”というものにどんなものがあるのかを全て知るわけではない平民にとっては、この映像も魔法なのだと思ってしまえばあとは疑いしか残らない。

エスターシュ「へ、陛下! これは間違い! なにかの間違いで!」
フィリップ 「ほう。なにが間違いで、なにが正しいという」
エスターシュ「あ、あのような魔法など見たことがありませぬ!
       あれはきっと捏造をカタチにするようなマジックアイテムを……!」
フィリップ 「ならばエスターシュ。お前の屋敷を調べさせてもらおう。
       なに、お前の名誉を守るためだ、嫌とは言うまい?」
エスターシュ「くっ!? ぐ、ぐ、かぐっ……!」
フィリップ 「特殊な香炉が無ければ番人が襲う通路、
       トリスタニアの様々な場所に通じる通路。
       そのどれもが嘘だというのなら、調べられることに不都合はあるまい」
エスターシュ「〜〜〜っ……!」

 エスターシュの顔がみるみる赤くなってゆく。
 それは怒りだ。
 拳をぎううと握り締め、あと一歩で掴めた衛士隊消滅の手筈が、全て崩れ落ちる音を聞く。もはやお終い、もはや逃れられない。国家宰相という立場も手放し、王として立つ野望すらも手からこぼして、自分は───

ライトニング「さて、エスターシュの処罰についてでゴンスが。
       王を騙した罪、大衆を騙した罪、
       なすりつけで貴族を火刑に処そうとした罪、
       吸血鬼を一年も飼い、しかも一ヶ月も食事を抜いた罪、
       妹を人質に散々利用した罪、国の地下にぼこぼこ通路を作った罪、
       そしていたいけな時間超人をよってたかってボコボコにした罪。
       ……まだまだあるけど面倒だから略して、
       それらを総じて全ての権利の剥奪と貴族としての家名剥奪、
       領地の召し上げから牢獄行きまで全て受け取ってもらうってことで」
エスターシュ「き、貴様! 貴様貴様貴様! なんの権利があって!」
ライトニング「え? 権利? 権利か。───主の名誉が汚された! それのみだ!」

 どーん、と胸を張ってみせた。ちなみにただ勢いで言ってみただけなので、間違ってもカリンのようにじぃいいんと胸に来てはいけない。

エスターシュ「なにが名誉だ! 屋敷に侵入したことに間違いはあるまい!」
ライトニング「いやぁ実は僕と主、エスターシュが遣わせた吸血鬼の魅了にやられて!
       気づいたら牢屋の前でエスターシュに詰め寄られてたんだぁ!」
エスターシュ「なっ!? う、うそをつけ! 貴様なにを急にそんな!」
ライトニング「え? だめ? じゃあ───
       実は下水の掃除してたらレンガが外れて迷っちゃったんだよね!
       気づいたら牢屋の前でエスターシュに詰め寄られてたんだぁ!」
エスターシュ「……!? ま、待て。おい、貴様、まさか……」
ライトニング「どんな理由でなすりつけられたい? まだまだいーっぱいあるよ?
       ていうかさぁ、どこからどこまでが自分の屋敷だって言い張りたいの?
       地下に勝手に通路作って、作らせたのは自分だから、通路も屋敷?
       じゃあ迷い込んだやつ全員侵入罪なんだー、へー」
エスターシュ「ぐ、ぐぬっ! きさっ、貴様ぁああああっ!!」

 不可能だ。
 ジョワジョワ笑う男の正体を正しく理解した衛士隊三人は、素直にそう思った。
 屁理屈であいつ……ジークフリードに勝てる者など居るわけがない。
 というか、なんだ。ともに行こうと誘うために探し回って見つからなかったというのに、一緒に捕まっていたのかあの馬鹿は。

ライトニング「もう諦めなさい? きみ、もう逃げ道ないよ?」
エスターシュ「……わたしは破滅するのか? こんな、あと一歩というところで」
ライトニング「そりゃそうでしょう。見てる人がこれだけ居て、助かるとでも?」
エスターシュ「見ている人………………ふふ? そうか、証人か。
       ならば───その証人全てが居なくなれば、
       理由などどうとでもつけられるわけだな!」
フィリップ 「ぬっ!?」

 カッと悪の表情になったエスターシュがついに杖を抜く。
 その意味を知り、その場に居た全員が身構えた。

ライトニング「おやおや抜いたねぇ。その行動の意味が解っておいでか?
       ユニコーン隊に対して、姫殿下の名誉を守ろうとした主が、
       その行動の所為で悪呼ばわりされて除隊されたんだが」
エスターシュ「どうせ終わりならば、残された道を選ぶのだ!
       見た者全てを葬り、わたしが王になる! なに、心配はいらぬ!
       貴様らの死体は木偶として丁重に扱うと約束しよう!
       結果は変わらぬ! 死んだ王が木偶として王女を殺し、わたしが王だ!」

 杖を振り上げ、なにかしらを唱える。
 すると街の壁や酒屋の出入り口を破壊して、木偶にされたらしい亜人たちがぞろぞろと現れる。
 どうやら通路から木偶に召集をかけたらしい。
 通路にあったルーンはそのためか、とカリンは唇を噛んだ。
 そんなカリンへと、中井出は杖を渡す。いつの間に、と驚くカリンににこりといつもの笑みを返して、ライトニングの変身状態を解除。
 いつもの貴族衣装へと戻り、処刑台の上からエスターシュを見下ろした。

中井出   「いやはや、悪の啖呵ってのは聞いてて気持ちいいねぇ。
       なにせ嘘がまったく混じってなくて、言葉に対する重みがどすんと届く。
       これぞ悪だ。いや、きみは実に見事だね」
エスターシュ「今さら命乞いか? いいぞ、殺した上で存分に利用させてもらおう」
中井出   「僕の命は僕のものだから、きみに乞う理由がないんだけどね……。
       しかしなんだね、きみは身勝手な上に下の者を見下しすぎる。
       それで王になりたいなんてよくも言えたもんだ」

 肩を竦めて言う。
 エスターシュは次々と現れる木偶に笑みを押さえきれず、最初からこうしておけばよかったのだとばかりに笑い、「それのなにが悪い」と言い放つ。

中井出「……さぁて皆様! これより始まるは道化の宴!
    眼前に立つのは己こそが王と疑わぬ哀れな道化よ!
    そんな道化に今こそ問おう! ───そも! 王とは孤高なるや否や!」

 言いながらなによりもまずフィリップ三世を異翔転移で隣に招き、“完全に満たされたマナ”を解放する。それは彼の体から風となって吹き荒れ、近くの者を、そして見る者を怯ませた。

エスターシュ「孤高? 当然であろう! 王とは独りであればいい!
       その他一切など駒だ! 木偶だ!
       言うことだけを聞き、忠実にそれをこなす者さえ居ればいい!」

 吹き荒ぶ風をただの風魔法のこけおどしだと見下して見る男はさらに笑う。
 そんな彼を見たフィリップはただただエスターシュに哀れみの視線を投げた。
 そして首を横に振るうのだ。それは違うと。戦しか出来ぬ王でも……否。戦しか出来ぬ王だからこそ否定できる。

中井出「だめだな。まったくもって解っておらん。
    そんな貴様には我らが! 今ここで!
    真の王たる者の姿を見せ付けてやらねばなるまいて!」

 真の王?
 一層荒れる風の中心の隣で、同じく怒りにて風を発していたカリンは中井出を見た。
 彼の隣ではフィリップもまた、ふん、と笑っており……ゆっくりと杖を抜く。
 それに続くように、王の御前だからと杖を納めていたサンドリオンもバッカスもナルシスも杖を抜く。カリンも自分の杖を見下ろして……彼らとともに、エスターシュを睨んだ。

  途端、見ていた景色が閃光に包まれた。

 思わず目を瞑ってしまい、しかし……急に感じた噎せ返るほどの緑の香りにハッと目を見開くと、見ていた景色の全てが変わっていた。
 見渡す限りの緑、緑、緑。遠く何処までも続いていそうな大草原と、遠く離れた位置にあるが相当に広いと解るほどの大きな森。

声 「然り!《どーーーん!》」
声 「落ち着けブラザー! まだ早い!」

 なにか聞こえたが、それでもこれは異常だと感じた。
 まるで、自分たちが立っていた場所に世界を創ったかのような……これはいったい。

エスターシュ「な、なんだこれは。幻術? はっ、ははははは!
       肝心の自らを隠せもしない幻術が、貴様の言う真の王か!?」

 ……違う。
 カリンを始めとする、世界に招かれた者の大半は確信を以って否定する。
 草にも触れる。岩にも。踏み出したところで処刑台だった部分から落ちることもない。
 そもそも処刑台の上に立ってエスターシュを見下ろしていたというのに、今では目線が同じなのだ。

中井出「ここはかつて、そして今もなお、我が剣に宿る意思たちが駆け抜けている大地。
    我とともに駆け抜けた猛者たちが、等しく心に焼き付けた景色だ。
    主にモンスターにコロがされたりとかそういう怨念めいた焼け付け方で」

 視線は景色に向かったまま。
 しかし、その景色に人の姿が現れ始める。

中井出「この世界、この景観を形に出来るのは、これが我ら全員の心象であるからさ。
    ぶっちゃければそういう能力だからとしか言いようがないが、ノリである!」

 それらは独特の格好をしていて、カリンは初めて見る衣服に戸惑いを覚え、さらには人と違う巨大な竜なんかも居てたまげていた。

中井出「見よ! 我が無双の軍勢を!」

 それらは、散々と現れた木偶たちや自分たちを囲むように現れる。

中井出「肉体より離れ、意思として武具宝殿に召し上げられて!
    それでもなお我が友として存在する歴戦の猛者たち!」

 それらは個々に武器を持ち、不敵に笑みを浮かべている。

中井出「霊章を越えて我が召喚に応じる永遠の同胞!」

 その数は十や二十どころではなく、時が経てば経つほど増えてゆく。

中井出 「彼奴らとの絆こそ我が至宝! 我が人道!
     クロリストたるジークフリードが誇る最強宝具!
     ───“大樹に眠る刻剣思念(ユグドリュアス・ブレードグリフ)”なり!!」
猛者ども『うおぉおおおおおおおおおっ!!!!』

 両手を広げ、叫ぶ。同時に、集ったそれらが一斉に叫ぶ。
 その堂々とした物言いに、景色が変わってから初めて従者を見上げた。
 そこには───いつもの貴族衣装ではなく、銀髪に蒼の瞳、体全体に走る黒い模様を曝け出した少年か青年かと判断に困る年齢の男が居た。服は白と黒を合わせたような、まるで光と闇を合わせた法衣。
 背には十八本もの黒と白の刀のような翼が生えており、そんな彼に近寄る男の姿にぎょっとする。さっきまで居なかったのに、いつの間にと。

中井出    「久しいなぁ相棒」
ジークフリード「たまには普通に召喚してくれ、暇だ」
中井出    「台本通りに行きましょう!?」
ジークフリード「お前が言うな、馬鹿主」

 言ったら言ったで、男の姿が巨大な剣に変わる。
 大人二人分の長さがある巨大長剣。それを片手で振るって肩に担ぎ、囲まれている状況に混乱しているエスターシュを見て、それから隣のフィリップを見るとニカッと笑う。

中井出「───王とはッ! 誰よりも鮮烈に生き、諸人(もろびと)を魅せる姿を指す言葉!」
地界人『然りッ!!』
空界人『然りッ!!』
冥界人『然りッ!!』

 中井出の叫びに呼応し、己が武器を突き上げ然りと叫ぶ。
 その在り方にフィリップ三世の口元がにやりと持ち上がり、震え出す。

中井出「すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが王!
    故に! 王とは孤高にあらず!
    その偉志は! すべての臣民の志の総算たるが故にィイイッ!!」
魏軍 『然りッ!!』
呉軍 『然りッ!!』
蜀軍 『然りぃいっ!!』

 号令のように鳴り響く絶叫の応答。
 思わず自分までもが然りと叫びたくなる怒号にも似た絶叫に誘われ、気づけば王とともにその場に居た四人も叫んでいた。
 わけも解らず震えるのは、エスターシュと木偶ではないユニコーン隊だけだ。
 ……大樹に眠る刻剣思念。
 能力を引き上げる万象担う灼碧の法鍵の、世界創造側の能力。
 霊章世界を具現化させ、その総力を以って挑む、残虐非道だが武具とともに生きる彼の、確かなる“総力”だ。

中井出   「さあて……では始めるか、大公殿下よ。
       見ての通り我らが具象化した戦場は草原。
       生憎だが数で勝るこちらに地の利はあるぞ」
エスターシュ「数で勝る……!? 笑わせるな! 平民がいくら集ったところで───」
中井出   「───《くいっ》」
フィリップ 「……! ふふっ」

 中井出がフィリップ三世の目を見て、ヘルユーといった感じに合図を送る。
 フィリップは楽しくて仕方が無いといった感じで戦場の空気に酔いつつ、中央広場に駆け込んだ時の怒りはどうしたんだと誰もがツッコミを入れたくなる状況の中、今までのエスターシュへの鬱憤を吐き出すどころか叫び出す勢いで絶叫号令。

フィリップ「蹂躙(じゅうりん)せよォオオオッ!!!」
総員   『うぉおおおおおおおっ!!!!』

 もはや待った無し。
 王であるフィリップが我先にと突撃を開始し、それに続くように魔法衛士隊とはいわず、それこそ囲んでいた軍勢全てが一斉に襲い掛かった。

サンドリオン「ほら、いくぞ」
カリン   「え? あ───」
バッカス  「カリン! ここで突っ込まないのは実につまらん! そう思わないか!」
ナルシス  「この状況がどういう理屈でなんて考えるよりもだ!
       ボクらは魔法衛士隊として、警護任務の新鋭隊として、
       陛下の背を追って駆け抜ける義務がある!」

 まあ、義務がなくても走るがね! そう続けて、ナルシスがさあさあと促す。
 カリンは汗を握った手を杖ごとぎううと握り締めて、バッと顔を上げると……風と、仲間とともに駆け出した。

サンドリオン「アテナイス! 派手に暴れるぞ! 王直々の突撃命令だ!!」
アテナイス 『ホッホッホ! この奇妙な一体感! やはり突撃は胸が高鳴るわえ!』
バッカス  「やいカリン! 閉じ込められていて鬱憤が溜まっているだろう!
       その怒りを風としてぶつけてやれ!」
ナルシス  「ただしボクらを巻き込まないように、派手にな!」
カリン   「注文が細かいやつらだな! 少しは纏めろ! まったく!」

 突撃する。なんだか可笑しくなって、笑いながら。
 しかし手加減などする気もなく、恐怖しながらも杖を振るうユニコーン隊を、まさに暴風と言える風で纏めて吹き飛ばしてゆく。

ダルシニ「あ、あう……」
アミアス「お、おねえちゃぁん……《カタカタ……》」
中井出 「ほいほいお二人はこっちに」
ダルシニ「あ……えっと。じ、じーく……さん?」
中井出 「うむす。能力の所為で素顔さらしてるけど、
     みんな戦に夢中で気づいてないようだしオールオッケー。
     主に見られた気もするが、なんとかなるさね」

 言ってる間に景色の一部が爆ぜる。
 見れば猛者どもが吹き飛ばされており、どうやらエスターシュが魔法をぶっ放したようだが───

フィリップ 「エスターシュよ! 戦しか出来ぬ王と笑ってくれたな!」
エスターシュ「くっ……その通りではないか!
       貴様がトリステインにしたことなど、破滅に向かう所業のみだ!
       これが国に対する侮辱でなくてなんだという!
       だからわたしが! わたしこそが王になり───!」

 杖を構えるエスターシュへと、フィリップ三世が肉薄する。
 振るう杖にはブレイドの魔法。
 杖を持たずとも剣だろうが棒だろうが無双出来る体躯を持つフィリップが、エスターシュの在り方を否定しながら一撃、また一撃と重ね、追い詰めてゆく。

フィリップ 「否だ! 間違っているぞ! 知性だけで戦に勝てるものか!
       知と、それを為す武力あってこその勝利よ!
       足りないものを補い合うからこそ絆というものが築かれるのだ!
       そしてそれらを積み重ねることで国というものが成り立っている!」
エスターシュ「ほざくな飾りの王ごときが!
       わたしは貴様らとは違うのだ! わたしが王になれば───」
フィリップ 「貴様ひとりでなにが出来るものか!
       貴様の指示だけでなにが出来るものか!
       指示あっての国!? 違うな! 実行出来る者の力もあってこその国!
       それが解らぬ貴様に、王など務まるわけもない!」
エスターシュ「黙れ黙れ黙れ! このっ、突撃しか知らぬ猪王めが!」

 ブレイドが火花を散らす。
 宰相としての剣捌きはこれで見事なもの。
 しかしフィリップもまた、将軍を務めていただけあって、その強さは並みの隊員の力などとは比べるのも馬鹿らしいほど。
 見る間にエスターシュが押されてゆき、馬鹿な馬鹿なと唾を飛ばしていた。
 そんな王の勢いと強さを追う魔法衛士隊もまた、呆れた強さでユニコーン隊を無力化してゆく。こんなに力の差があるものかと突っ込む騎士らも、風で吹き飛ばされて杖を折られて、ならば剣をと構えれば手首を切り落とされて絶叫。
 悪がエスターシュだと解った時点で引けばいいものを、立ち向かう相手が邪魔な魔法衛士隊だからと杖を向けたのが運の尽きだったのかもしれない。
 頼りにしていた亜人木偶も、中井出の霊章輪・火闇の能力、闇蝕によって融合した捕えられていた亜人たちに猛反撃を受ける。ただ襲い掛かる亜人と、自分で考えて反撃する亜人とでは力の差がありすぎた。加えて、剣に宿る意思たちの存在。
 融合するたびに剣碑に刻まれた意思の名が、呆れるほど居た木偶たちを滅ぼしてゆく。

エスターシュ「大体貴様が今まで何をしてきた! 国を動かしていたのはわたしだ!
       なにも解らぬ貴様は国を滅ぼすところだった!
       わたしが居なければ! わたしが居なければぁあああっ!!」
フィリップ 「その通りだ! 余に政治は向かん! だからこそ貴様が居たのだ!
       貴様が国の力となり、国を良くする!
       飾りと言われて悔しくないはずもないが、向かんものは向かん!
       余が悔しがろうが、貴様が支えていればそれでよかったのだ!」
エスターシュ「では貴様になにが出来た! わたしが一方的に支えるだけで、
       貴様がわたしのなにを支えることが出来たと!」
フィリップ 「戦に勝てる!!」
エスターシュ「……!」
フィリップ 「幾数万の敵が眼前に立ちはだかろうとも!
       余は伝説たるガンダールヴと同じく、千の敵をも屠ってみせよう!
       どこぞの国が野心を抱き、トリステインを攻めようとも!
       余はその戦に勝つことが出来たのだ! なぜならば!
       それが余に出来る、戦しか知らぬ王に出来ることだったからだ!!」

 自分の出来ぬことを、王は声高らかに発した。
 エスターシュも解りきっている事実だが、真正面から声を大にして言われるとは。
 そして彼もここにきて理解した。
 フィリップは将軍あがりの王だ。そう、解りきっている。
 政治も出来なければあまり知識も高いほうではない。
 だがそれが戦となれば頭は澄み渡り、自分では考えられない方法で戦に勝利する。
 人にはそれぞれの役割があった。
 それに気づかず、自分一人でいい気になって前へ前へと思っていた自分では───

フィリップ 「終わりだ! エスターシュよ!!」
エスターシュ(……野心のみを抱き、信頼を置いてきた自分では───)

 勝てるはずがなかったのかもしれない。
 ゾン、と腹を貫く感触に、エスターシュはどこか遠くに自分を置いてきてしまったような感覚で、そんなことを思った。

フィリップ「………」

 どう、と倒れるエスターシュを見届けながら、フィリップは天を見上げる。
 真っ青な空が彼の視界を受け止めた。
 こんな日が来るとは思わなかった。きっと自分はエスターシュに任せきりで、自然と老いて死ぬのだろうと思っていた。
 だが……責には罰を。得たこれからには相応の覚悟を。
 その思いを天へと響かせるように、フィリップは、王は拳を天に突き上げ咆哮した。

フィリップ「うおぉおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」

 それを勝ち鬨と受け取ってか、事実として敵を征圧し終えた者たちが皆、同じく一斉に拳を突き上げる。
 それは魔法衛士隊も同じで、勝利を噛み締め体の中に溜まった熱を吐くかの如く咆哮。ノリのいい猛者どもはフィリップ三世の名を叫び、それが周囲に伝わって、次第に全員が叫び始める。

猛者ども『フィリップ王! フィリップ王!』
猛者ども『フィリップ王! フィリップ王!』
声   「……エロマニア《ぼそり》」
猛者ども『エロマニア! エロマニア!』
猛者ども『エロマニア!! エロマニア!!』
中井出 「フィリップ王! フィリッ……あれ? あ、あれ!? ちょっ……えぇ!?
     なんか変な言葉になってない!?
     どうしたらフィリップ王って言葉がエロマニアに変わるの!?」
猛者ども『エッロマッニアッ!! エッロマッニアッ!!』
猛者ども『エッロマッニアッ!! エッロマッニアッ!!』
中井出 「ちょっ……やめてよ!
     続けて言うとフィリップさんがエロマニアみたいに聞こえるでしょ!?
     やめ……だからって僕を見ながら言えって言ってるんじゃないよ!?
     やめて!? なんでみんなして僕を見て言うの!?
     いいからやめっ……つーか誰!? エロマニア言い出したの誰!?
     なんかもう解りきってる自分が悲しいけど誰と言わずにいられない!!」
猛者ども『エッロマッニアッ! エッロマッニアッ!』
猛者ども『エッロマッニアッ! エッロマッニアッ!』
中井出 「殊戸瀬でしょちょっと! やめてよ! 僕もうエロマニアじゃないって……!
     いやちょっといいから言わせて!? うるさすぎて声届かないでしょ!?
     ───だからって小声で言い続けろなんて誰も言ってないよね!?
     違う! 違うよ! 大声で言えとも言ってないよ!
     やめてよ! やめっ……殊戸瀬ぇえっ! てめぇええええっ!!」

 諸人が勝利を噛み締める中で、一人だけが涙した。
 これはそんな、哀しい戦いの記録である。





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