57/そしてぼくらはここへ到る

 世界が戻る。
 木偶たちはそのまま心象世界に置き去りにして、中央広場に戻されたのは生きてはいるが動けないユニコーン隊と……腹を貫かれ、意識を失ったエスターシュのみ。
 もちろんサンドリオンら魔法衛士隊、ダルシニやアミアスも戻されていて、むしろ急に世界が戻ったことにこそ驚いていた。
 市民らも急に消えたと思ったらまた現れた王らに驚き、しかしいつにない迫力の王の前に姿勢を正して見守った。

フィリップ「此度の一連の騒動!
      エスターシュが余の地位を狙い、起こしたものということが解った!
      知っての通り、こやつは自分の企みが暴かれるや、
      きみたち市民らごと余を亡き者にしようとした罪人である!」

 ごくりと市民らの喉が鳴る。
 では、エスターシュが用意した処刑というものに群がっていた自分たちはどうなるのか。言われる罪状を鵜呑みにして、カリンに罵声を浴びせた自分達は?
 身勝手な不安ばかりを抱き、しかし王の言葉を待つしか出来ない。

フィリップ「しかし死刑には処さぬものとする! こやつにはこれからの人生、
      権利の全てを失った世界をたっぷりと味わってもらう!
      それから───市民諸君!」

 きた。
 市民らはひぃ、と悲鳴をあげ、抱き合って怯えた。
 消えたあとになにがあったのかは知らないが、王の目が娘馬鹿の目ではなく、戦こそを我が人生とするような修羅の目だったのだ。娘を甘やかす王しか知らない彼らにとって、その覇気は異常にもとれるほどに怖すぎた。

フィリップ「これからも余を支える良き友であってくれ!
      余に政治が向かぬのはよぅく解っている! だが余は!
      どれほどの敵が攻めてこようとも、この国を、民を守ってみせよう!」

 あ……と漏らしたのは誰だったのか。
 その言葉、その意思、その力強さに惹かれるようにして、市民らは気づけば彼の前に跪いていた。
 そうだ。
 貴族だろうが平民だろうが、一人で出来ることなど高が知れているに決まっている。
 エスターシュは政治が出来たが、彼一人で戦に勝てるわけではない。
 ならば王は───そう考え始めれば、ああ、自分たちは守られていたのかと安堵。
 自らを守ると宣言してくれた王を見上げ、それぞれが拳を突き上げ賛美する。
 フィリップ三世万歳、トリステイン万歳と。
 そんな中で、まったく関係ない言葉をとともに拳を突き上げる馬鹿が居るわけだが。

中井出「族長(オサ)! 族長(オサ)! 族長(オサ)!」

 言わずとも知れた、この馬鹿である。
 すぐに、隣に立つカリンにそうじゃないだろばかと頭を小突かれた。
 それが小さな笑いに変わって、カリンは……“帰ってこれたんだ”と、自分でもよく解らない理由で安堵した。どこに帰ってきたんだろう、なんて思ってみたところでやっぱり自分にもよく解らない。
 ただ生きていることには感謝し……ギヌロと自分を睨むフィリップ三世を前に、早くも死を覚悟した。
 しかしそんなカリンを庇うようにして立ったサンドリオンが声を大にする。この歓声の前でも王に届くようにと。

サンドリオン「陛下! お言葉を違えた責に対する罰は、
       わたくしめのみにくださいますよう!
       彼らはわたくしの命令に従っただけです!」

 それを聞いたらバッカスもナルシスも、カリンだって黙っていない。
 次から次へと前に出る者を押し退けるように、庇うようにして立ち、

バッカス「いいえ陛下!
     わたくしは仲間の危機に黙っておれず、自らはせ参じたのです!」
ナルシス「わたくしもです! 罰するのであればわたくしめを!」
カリン 「いいえ! そもそもわたくしが屋敷に侵入したのがいけなかったのです!
     ば、罰するのであれば───わたくし一人を!!」
バッカス「なにを言うんだきみは! そんなことを許すと思っているのか!」
ナルシス「そうだとも! 見習い……じゃなかったな!
     除隊されたのなら黙っていたまえ!」
カリン 「なっ! だからそもそもぼくが進入した所為だろう!
     きみたちこそ関係が───」
バッカス「自らはせ参じたのだ! 理由はどうあれ関係は大有りさ! なあナルシス!」
ナルシス「その通りだね! というか今さら無関係なんて、よくも言えたもんだ!」
カリン 「きみだって除隊されたのならなんて言っていたじゃないか!」

 あとはいつも通りというか。
 王の前だってのに、お前らなぁとばかりにサンドリオンが頭を抱えて溜め息。
 しかしそんな“鉄の結束”を前に、フィリップは一笑したのちに言う。話を合わせんかばかものが、と。

サンドリオン「は……話、とは?」
フィリップ 「……きみたちはエスターシュの、王の座を狙う陰謀に巻き込まれたのだ。
       言ったろう、一連の騒動はエスターシュが起こしたものだと。
       それに合わせよと近づいてみれば、やれ自分が悪いだのなんだのと」
サンドリオン「うっ……」

 自分から言い出したことに、サンドリオンの顔がさっと赤らむ。
 けれど行動に後悔はない。だから胸を張ってフィリップを見た。
 フィリップもその視線を受け止め、うむと頷く。

フィリップ「というかなぁジークよ。
      あんな証拠なんてものがあるのなら、何故もっと早うに呈してくれなんだ。
      お陰で王として、赤っ恥を掻くところだ。
      間違いの処刑を許可したなどと知れたら、この歓声が罵声に変わるぞ」
中井出  「そういう緊張感も併せ持った王になってくださいってものと、
      やっぱエスターシュを倒すのはフィリピンじゃないと。
      いろいろ鬱憤溜まってたでしょ?」

 言われ、きょとんとするフィリップだったが、すぐにぶわはははと笑い出すと、戦友の肩を叩くように気安くばしばしと中井出の背を叩く。弱点を叩かれた彼がギャアーと叫んだが、例の如く皆様にはスルーされた。

フィリップ「ふん、まあよいわ」
中井出  「言葉の割りに顔が笑顔満載なんですが」
フィリップ「ほうっておけ! まったく!」

 フィリップは今度こそカリンを見つめ、その強さの内側を覗くようにした。
 多勢であったとはいえ、大した傷もなくユニコーン隊を黙らせたその強さ。
 こんな小さな体でなぁ、と……王ではなく将軍の目で、有望な存在を見つめた。
 と、いうかだ。除隊してしまったのだ。惜しい。実に惜しい。
 これだけの強さだ、隊に欲しい。しかし除隊した手前、すぐに掌を返すわけには。

中井出  「グオッフォフォ……!! 旦那、旦那……!!
      このジークフリードはカリン・ド・マイヤールの下の者。
      従者の誉れは主の誉れ。その意味……解っておりますね?」
フィリップ「うぬ! この痴れものめ!
      人の考えていることを解った上で言っておるわ!」
中井出  「痴れ者結構! その方が楽しいなら俺は迷わずそっちを選ぶ!
      なので、娘さんの名誉とともに復帰させてやってくださいな」
フィリップ「……これも計算の内か? この悪魔め」
中井出  「この俺が悪魔? 違う、俺は道化だぁ」
フィリップ「お前の道化は悪魔よりも性質が悪いのか!」

 叫びながらも笑っている。
 そんな王が、可笑しくて仕方ないといった風情でふぅと溜め息を吐くと、彼は頷くようにしてカリンを促す。
 慌ててカリンが跪くと、その肩にフィリップ三世の杖が添えられる。
 突然添えられた冷たい感触に、もしかして殺されるんじゃ、なんて思ってしまい、ひうと悲鳴を上げそうになる。

フィリップ「トリステイン王国国王フィリップ三世は、神と始祖の御名において、
      この者を“騎士”(シュヴァリエ)に叙する」

 ───、瞬間、呼吸が止まって目が勝手に見開かれた。
 え? なに? 今なんて言ったの国王さま。
 え? 処刑じゃなくて……え?
 え…………え、えぇええええええええぇぇぇぇぇっ!!?

フィリップ「お前たちは随分と仲が良いようだからな、階級が違ってはつまらんだろう。
      同じにしてやったのだから、これからは余の命令にきちんと従うのだぞ」
中井出  「俺は関係ねーがなー!《どーーーん!》」
フィリップ「お前は黙っておれ!」

 突然の騎士叙勲。天から降ってきたような状況に、カリンは訳も解らずおろおろとし、しかしフィリップの言葉を何度も脳内再生するとすぐにバッと立ち上がって、

カリン「は、はいっ! 身も心も、陛下の御為に尽くす所存でありましゅ!」

 噛んだ。
 真っ赤な顔がさらに真っ赤になり、あわあうと両手を軽く持ち上げておろおろし始めるカリン───を、三人の騎士が抱き締め回した。

カリン「ふぎゃわぁあああぃいいっ!!?」

 突然に男に抱き締められて平気な女性など居るわけもない。
 そしてカリンは男と触れ合うことなどほぼなかった。
 なのでこの絶叫。
 真っ赤から真っ赤っかに変わっていた顔は、赤を通り越した見果てぬ色に変わりつつあった。

バッカス「やったなこいつめ! 騎士か!」
ナルシス「あははははは! よくやった、でいいのかは解らないが、いや、めでたい!」

 バッカスとナルシスが盛大に笑いつつ、あわわと狼狽えてばかりなカリンの頭をかいぐりかいぐる撫で回す。
 サンドリオンはニッと歯を見せるような、似合うのか似合わないのか解らない笑みで肩をばしばし叩いて、ああ、うん、普段のこいつには似合わないけど、顔が整っている分容姿には似合う。なんか腹立つ。カリンはそんなことを慌てながらも思っていた。
 ダルシニもアミアスも、よくは解らないがめでたいということでカリンに抱きつき、市民の歓声もあって、それはもう大変賑やかな略式叙勲の場となった。


───……。


 がははははとジークフリード亭に笑いが溢れる。
 主にバッカスとナルシスの。

バッカス「カリン! シュヴァリエおめでとう!」

 言っては飲む。

ナルシス「おめでとう!」

 言っては飲む。
 用意された酒も料理も美味しいとくるから、二人はそれはもう上機嫌だ。
 めでたい日にしか出されない料理も当然出され、これには二人だけでなくサンドリオンも大喜びだ。

バッカス「しかしきみ、現実を理解した途端に気絶とは!」
カリン 「うるさいな! 気絶するほど嬉しかったんだ!」
ナルシス「いや、実にめでたい。人のそういう瞬間を見られるのは、近しい者の特権さ」
バッカス「感激で気絶するやつなんて本当に居たんだな! きみは貴重だな、カリン!」
カリン 「うるさいったら! 黙れ! 黙ってくれ!」
ナルシス「はは、こいつ照れてやがる!」
カリン 「はうっ!? だだだ黙れ! 誰がっ!」

 お祭りムードは続いてゆく。
 中井出もそんな空気に笑んでおり、近くでは王からの隊へのお咎め無しを聞いて心底安堵したらしいヴィヴィアンがぐでんぐでんに伸びている。
 それを介抱するのはダルシニとアミアスの吸血鬼姉妹であり、吸血鬼であることからフィリップからサンドリオンに直接命令が下された。
 形としては捕虜としてサンドリオンに預けられた彼女ら。
 しかしこれから先の戦乱の世を憂いたフィリップは、亜人すらも使いこなして立ってみせよと言いたいのだろう。人の力だけでは乗り越えられないなにかを予感した、将軍としての王の命令だった。
 あくまで表向きは捕虜であり、彼女らはジークフリード亭に住むことになっている。
 ここでウェイトレスでもして、気軽に暮らしなさいと言われた時、吸血鬼姉妹は訳も解らず、しかし深い安堵とやさしさに包まれながら涙した。

中井出「よっぽどいい思いをしてこなかったんだろうなぁ」

 吸血鬼なのだから当然だ、と思えてしまう世が実に嘆かわしいと、彼は言った。
 そんな彼もどうせならと今、料理の運び方を二人に説明しつつ笑っている。

中井出「───」

 そして。約束の期限が来たわけだから、彼はふむりと頷いてカリンの傍へ。

カリン「……うん? なんだ?」

 料理をぱくつきながら、しかしデザートが並ぶ部分にだけはやたらと警戒している主を見る従者。カリンはきょとんとしたままに、しかし嬉しさに頬を緩めながら従者を見上げる。
 見つめられた従者は、まるでなんでもない日常を語る風情で言葉を放つ。

中井出「ほいじゃ、期限はここまでだ。騎士叙勲、おめでとう、“カリン(●●●)”」

 言葉が放たれた途端、しん、と場が静まる。
 その言葉の意味を一番に理解したサンドリオンは、やれやれと苦笑。
 カリンはハッとして言葉を発しようとするが───

中井出「道化の契約は“きみが騎士になるまで従者になる”こと。
    見事成長なされたきみに、もう道化の手は必要ござらん。
    おめでとう、カリン。きみは立派に、騎士の栄誉を得ることができた」

 それが勝利なんだ、ジョルノと言って笑う従者……いや、彼。
 ジョルノってなんだってツッコミを入れる前に、なんだか解らず、たまらなく感謝を投げつけたくなった。でもありがとうはなんか違う。ご苦労さまも違くて、だから───

カリン「ああ。これからは───友として、よろしく」

 ───咄嗟に出た言葉は、きっと間違っていなかったんだと思う。
 きょとんとした彼がおかしくて笑ったら、みんなも笑った。
 ジークは一本取られた、みたいな雰囲気で頭を帽子ごと掻くとわたしに手を伸ばす。
 わたしはそのまま彼の手に自分の手を重ね、握手した。
 ……会った時はとんでもないやつだと思った。
 従者にしてからは余計だ。振り回すしやかましいし落ち着きがないしからかうし。
 でも、ふと気づけば近くに居る隣人みたいな気易いやつだった。
 バッカスやナルシスが友になったのも……今なら自然と頷けた。
 見ればバッカスもナルシスも「やはりな! こうなると思ったんだ!」と肩を組んで笑っている。サンドリオンもくつくつと笑っており、こうなることは当然なのかと……おかしくなって自分ももっと笑った。

バッカス「次にきみの主になるやつはどんなのだろうな!
     まあどんなのが相手でも、オレはカリンのようになると思うが!」
ナルシス「衛士隊に入るのならそんな相手がいいなぁ。ただし強いやつがいい。
     傷つくのは出来るだけ遠慮させてほしいね、こりごりだ」

 無傷だったわけじゃない二人は、しかし笑いながら肩を組んで酒を飲む。
 そんな傷もこのジークフリード亭の空気によってジワジワと治っていっているだが、二人は気づかず酒を飲む。

中井出「あ、それなんだけどね。おいらそろそろ自分の国に帰ろうと思うんだ」

 で、笑いがビタァと止まったのはこの言葉のあとなわけで。

バッカス「帰る? 帰るだって? 帰郷かなにかか!」
中井出 「いや、文字通り帰国。広場で見せた通り、ようやく力が戻ったので。
     5年もかかるとは思ってもみんかったが、それでも戻りもうした。
     国には家族も居る。居すぎて困るくらいね。
     俺が無事かどうかも知らんのだ、戻ってやらねば」
ナルシス「ふむ。またここには来るのだろうね?」
中井出 「押忍、そりゃもちろん」

 むしろ帰る場所が未来だし、とは言わない。
 しかしカリンだけが彼を見上げ、いつかの“未来から来た”という言葉を思い返していた。帰れば、きっともう会えない。そんな予感が、彼女の頭の中を走り抜ける。

サンドリオン「帰るとして、どれくらいかかるんだ?
       国はガリアか? それともゲルマニアか? まさかロマリアか?」
中井出   「孤児院みたいなもんって言ったら、驚く?」
バッカス  「それは驚くだろう! きみは子爵なんだろう!?」
ナルシス  「地位など気にせず話してくれというからこうして喋っているが、
       普通ならこんな気安い態度をすること自体が間違いだ!
       そんなきみが孤児院!? まさかきみが経営しているのか!」
中井出   「うん、まあ。だからそろそろ帰らないと心配で」
バッカス  「うぬ! 自経営の孤児院か! それは確かに心配だ!
       ……ときにジーク。
       きみの孤児院に、可愛らしい貴族の娘さんは居ないだろうか」
ナルシス  「やはりバッカス、きみは時々死んだほうがいいんじゃないかと思わせる」

 いつも通りの会話だ。
 べつに気にするほどのものじゃない。
 またここには来ると言っているんだから、笑って見送ればいい。
 未来から来たというのが本当にしても嘘にしても、また来るというのなら……どうしようもない嘘はつかない彼だ、きっと来るのだろう。
 今は喜びに身を任せることにしよう。彼が従者じゃなくなったって事実もまた、自分が騎士になれたという証明のひとつなのだから。

中井出 「さあ料理を続けましょう! ダルシニ、アミアス、手伝って!」
ダルシニ「は、はい」
アミアス「は、はい」

 きっちり同じ反応を見せる姉妹に笑みを浮かべる。
 教えられたことを戸惑いながらも実行する彼女らは、見ていて本当に微笑ましい。
 吸血鬼なんてことが嘘なんじゃないかと思えるくらいに大人しい彼女らは、失敗しても怒られるどころか「ドンマーイ!」と笑って頭を撫でられることにこそ戸惑っている。
 エスターシュの屋敷での一年や、日陰で暮らすこれまでは、そこまで辛かったのか。
 そう思うと、相手が吸血鬼だろうとやさしくしてあげようと思えるのだから不思議だ。

バッカス「しかしなんだ! きみたちは吸血鬼だそうじゃないか!
     こんなに可愛らしいきみたちが! 信じられん!」
ダルシニ「は、はい。でも小食なので、ちょっとでいいんですけど」
バッカス「なに! ちょっとでいいのか! ならばオレの血を吸え!」

 ダルシニの言葉に、酔っ払ったバッカスが脱ぎャァアーーンと上着を脱ぐ。
 鍛えられたマッスルボディが露になり、姉妹はひうと悲鳴をあげた。
 しかもそんなマッスルが「さあ! さあ!」とポージングのたびにずずいと近寄ってくるのだ。実に怖い。

ダルシニ「あのっ! たまにでいいんでっ!」
アミアス「そうです! それに血でなくても汗でもべつに───あっ!」

 焦りのあまりに口走ってしまった言葉に、ぴた、とポージングが止まる。
 どころか、わなわなと震え出して「それじゃあなにか」と訊ね始める。

バッカス「汗でもいい、ということはあれか。なめるというのか、汗を。
     たとえば、こんなところに掻いてしまった汗等も」
ダルシニ「“等”!? などってなんですか!?」

 自分の厚い胸板を見下ろし呟くバッカスに、ダルシニらは真っ青になった。
 だというのにバッカスは「天使かきみたちは……!」とふるふると震えながらにじり寄ってくる。恐怖以外のなにものでもない。姉妹は悲鳴をあげて中井出の後ろに隠れてしまった。

バッカス「なんだ! 遠慮するな! 汗ならかくぞ! ほら!」

 びしばしムキモキとポージングを取りまくるマッチョさん。
 その際に、既に酒で発汗していたそれらが、カリンが食べようとしていたケーキにぴちゃりと飛んだ。
 ……マッスルは暴風によって壁画と化した。

……。

 結局宴会は夜通し続き、酔い潰れたバッカスをナルシスが肩を貸し、送ることでお開きになった。ダルシニとアミアスも中井出とともに片付けに走り、今はサンドリオンとカリンだけが店の客席に座っている。
 そんな、どこかお祭りのあとみたいな空気の中、サンドリオンが言った。

サンドリオン「騎士就任、おめでとう、カリン」

 カリンの頬が熱を持つ。誰より、こいつに認められたかった。嬉しさのあまり小躍りしたくなるのを抑えて、彼女は彼に向けて胸を張ってみせる。

カリン「こ、これでぼくが一人前だってことを認めるなっ!?」

 おまけみたいに下りた叙勲だった。けど、叙勲は叙勲だ。
 思うところがないわけじゃないが、認められたかったのだ、こいつに。
 カリンの思いはどうあれ、サンドリオンは苦笑とともに頷く。
 それだけで、カリンの喜びは天に昇りそうだった。

サンドリオン「けど、まだまだ覚えなくちゃいけないことは山ほどある。
       だから、あまり調子に乗るなよ」

 昇りかけた途端に、“喜び”という名の自分の姿をしたソレが落下した。
 脇腹から落ちた“喜び”が血反吐を吐く様を頭の中で思い描く。
 一言余計なのよ、このばか。
 
サンドリオン「さて、明日には早速部屋を探さなきゃな」
カリン   「へ?」
サンドリオン「お前の部屋だ。騎士になったんだ、俸給だって出る。
       もう、おれの屋敷に居座らなきゃいけない理由だってないだろ」
カリン   「……───あ」

 そうだった。
 わたしはもう騎士で、一人前なんだ。
 だからこいつの傍からは離れるべきだし、彼の衣服を洗濯する必要も───

カリン「………」

 カリンはこくりと頷いた。
 頷いて、中井出に一声かけてから店を出るサンドリオンのあとを追った。





  ───……それからのことを語ろうか。




 ある日、ひどく静かに、道化は姿を消した。
 いつものように軽く食べようと寄った日のことだ。
 何処へ行ったかも解らない。
 以前言っていたように、帰国したのかもしれない。
 書置きもないことを不思議に思うのは、それだけ長い付き合いだったからだろうか。

バッカス「なに、どうせまたひょっこりと現れるさ」
ナルシス「なにせ、あいつは退屈しているやつをほうっておけないのだからね!」

 二人は言う。
 いや、言っていた。
 そんな言葉も過去となると、物言わぬ建物だけが残される。
 わたし? わたしは……あの日からもずっと、結局部屋は探さずにサンドリオンの屋敷で世話になっていた。並べた理由は……正直覚えていない。
 たしか金もかかるから〜とか、そんなしょーもないことだった。
 代わりに洗濯してやるんだから感謝しろ、なんてことも言った気がする。

ダルシニ「………」
アミアス「おねえちゃん、こんなところで寝てたら風邪ひくよ」
ダルシニ「うみゅ……ん、んん……? 引くのかなぁ……」
アミアス「え? えと……うん、どうだろう」

 店に残っている吸血鬼姉妹は相変わらず。
 時折、店がやっていないことに腹を立てる貴族たちに、おどおどぺこぺこと頭を下げているのを見かける。そんな時はその貴族の尻を蹴り上げて追い払うのだが、そのたびにサンドリオンに小突かれる。ほっとけ、あんなの貴族のやることじゃない。
 こういったやり取りをしていると、わたしたちは相変わらずの騒がしい日々に居るんだなぁと思うことがある。あいつが居なくても騒がしい日常。
 それが普通になってくると、ふと、返したかった恩などを思い出すのだ。
 あいつは笑ってくれればいいだなんて言ったが、こんなのは等価じゃない。
 だから、いつか帰ってきた道化に、わたしは感謝をいっぱいぶつけようと思ってる。
 素直になれずに攻撃した時は、心配させた分のツケだと思って黙って喰らいなさい。
 それで許してあげるから。

……。

 季節が巡る。
 あれから何年か。
 自分たちにやさしくないことが幾度も起こり、その度に解決しては、明日を迎える。
 とうとう国に召し上げられ、改装が決まったジークフリード亭には、もうダルシニもアミアスも居ない。
 楽しく笑っていたいつかを思うたびに、そこにあった森の日向を思い出すのは、一種の郷愁にも似た思いなのだろうか。
 今では名前を変えた同じかたちの家が建っているだけ。
 自分も歳を重ね、騎士の務めからも離れ、女として生きている。
 あの日から今まで、きっと勇気の歌を心で歌わなかった日はない。
 困難のたびに励まされ、歌で打ち消せない恐怖は、あの緑の世界を思い出して、心の中で“然り”と叫んだ。
 そうして手に入れた勝利は幾つだっただろう。

カリーヌ「………」

 そして今を思う。
 子を宿し、産み、育てる日々の中、子供が泣くと勇気の歌を歌った。
 不思議なもので、わたしが歌うのがそんなに不自然であるのか、泣いていた子供はすぐに泣きやむ。わたしに手を伸ばして、抱っこしてくれとせがんでいるようにも見える。
 けどわたしはそんなに甘くない。甘さなら歌ってあげただけで十分なのだから、強い子に育ちなさい。甘やかすだけが愛情じゃない。そのことを、いつかのやさしくない従者を思い出しながら懐かしむ。

……。

 病気持ちの娘を育てる日々が続く。
 お前は心配しすぎだ、という夫は自分よりも絶対に焦っている。
 いつになっても心配性は直らないようだ。まったく、あのばかは。
 姉であるエレオノールもたびたびカトレアの部屋を訪れては声をかける。
 心配させたくないからだろう、まだ子供だというのに早くも人を気遣うことを覚えてしまったカトレアは、大丈夫、という言葉が口癖のようになってしまった。
 そうさせてしまうように産んでしまった自分が情けない。
 そんな時は、自分をごまかすようにして歌った。
 エレオノールもカトレアも笑顔になる。……わたしも、きっと笑えている。

……。

 三女として産まれたルイズは魔法が使えなかった。
 正しく言えば、魔法を行使すると爆発する。
 こんな話は聞いたことがない。
 しかし、それでも自分にとっては可愛い娘。
 むしろかつての自分を見ているようで、こんな危うさと付き合っていたのかと、あの日の従者や三衛士には頭が下がる。
 魔法の代わりに筆記だけでもと懸命になる姿は痛々しい。
 なんとか励ましてやりたいが、つい強く言ってしまい、今日も泣かせてしまった。
 慰めてやることもできず、今日もカトレアがルイズを迎えに行くのを窓から見下ろす。
 あなたならどうしたのでしょうね、ジーク。自分が殴られてでも励ましたのだろうか。
 わたしには……娘に対して、それをする勇気すら持てない。
 娘に対して勇気を持たなければ接することもできないのだ。笑ってほしい。

……。

 ルイズの婚約者として選んだド・ワルド子爵がトリステインを裏切った。
 それを知り、ワルド領を滅ぼしてくれようかと思ったわたしは悪くない。
 夫が真っ青になりながら羽交い絞めで止めに入ったが、わたしは悪くない。
 あんな髭にかわいいルイズを任せようだなどと思ったわたしが馬鹿だった。
 今度あったらただじゃあおかない。覚悟してもらう。
 確かに今のトリステインは、かつての輝きの一切を失っている。
 マリー……マリアンヌも、死んだ夫を思ってか王位を受け取らず、いずれ娘であるアンリエッタに任せようとしている。
 フィリップ三世陛下が仕切っていた熱きトリステインの姿などもはや無く、いつかのエスターシュのように、マザリーニが国を動かす日々が続く。
 救いなのが、マザリーニが求める野心がトリステインの良き姿、ということか。
 エスターシュのように王になろうという野心がないことが救いとなった。
 彼らはジークフリードが居た頃にフィリップ三世陛下が招きいれた人材だ。
 どうかこのまま、この国を守ってほしい。

……。

 そんな矢先にリッシュモンが裏切った。
 ええいどうしてくれようかこの国。
 時々死んだほうがいいんじゃないかって、ナルシスじゃないけど思ってしまう。
 そんなリッシュモンも死に、空いた部分を埋めるためにマザリーニが苦労する。
 ……いつか彼も裏切りそうで、この国の王に頭を痛める。
 そんな王……女王であるアンリエッタが、ひとりの平民だった者をシュヴァリエに。
 名前を聞いた時、胸が高鳴った。
 その者の名はヒロミツというのだそうだ。
 今さらだとは思ったし、同名なだけなのかもしれない。
 けれど───そう。未来から来た、という言葉がずっと胸につかえていた。

……。

 それから、ヒロミツという存在は目覚しい活躍を見せる。
 王を憂いてばかりだった宮殿で様々な功績を見せ、あっという間に認められ、男爵に。
 ド・オルニエールを下賜されたと聞いた時には、ヴァリエール領に笑顔のマリアンヌが突撃してきたほどだ。
 そこで初めてジークフリードの本名を知る。マリーは既に聞いていたようだ。あのいつかの日、“主、おめーはだめだ”とか言って素顔を見せなかった日のことだそうだ。

カリーヌ 「ヒロミツ・シュヴァリエ・ド・ナカイデ・ド・オルニエール子爵?」
マリアンヌ「ええそう。それがジークの本名。
      今はまだ男爵だから、未来から来たということは本当だったのよ!」
カリーヌ 「………」

 驚きだった。
 驚きだったけど、事実はきっと間違っていなかった。
 おいそれと領から出られない立場のわたしが、気になるからといって他人の領に足を運ぶのはよろしくない。
 なので時を待つ日が続いた。
 ……あとで聞いた話だが、マリーは変装してちょくちょくと遊びに行っていたらしい。
 「すごいのよ! 領地に入った途端、森の中の日向の香りが迎えてくれるの!」なんて、いつかのおてんば王女の時のような口調できゃあきゃあと騒ぐ大后。……妙に、眩しく思えた。

……。

 時を待つ日が続く中、何かが砕ける音を聞いた。
 夫が“神の癒し手”の噂を聞いて突撃したその日の出来事だ。
 娘のことになると歯止めが利かなくなるのは、わたしも彼も同じこと。
 しかし彼が余裕ではない姿を見ると、いつかの日に戻って引っ叩いてやりたくなる。
 そうこう思っている間に悲鳴が聞こえ、階上に上がってみると、窓が割れ、破片だけがそこに残されていた。
 一部始終を見ていたメイドが、エレオノールが何者かに攫われたと言う。
 真っ青になった。
 すぐに甲冑に身を包んで突撃したくなるが、勇気が無ければ立てない臆病なところはいつかとさほど変わらない。
 ならばと心の中で歌を歌───った途端、ソレはやってきた。

男 「オーーーリーーービーーーアーーーッ!!」

 叫び、窓が割れた場所をくぐってきたのは、どこからどう見てもド平民な平凡な男。
 しかし顔には見覚えがあり、この髪が銀色で、瞳が蒼なら、と……あの緑の世界で見たかつての従者を思い出す。

男 「失礼マダム! ここにカトレアさん居る!? 居るよね!?
   故あって攫わなきゃならんのです!
   出せーーーっ!! 隠すとためにならんぞーーーっ!!」

 ああ、なんというか、一発だ。コレ、あいつだ。
 目の前にしたらあっさりと納得できた。
 少し気が緩むのを感じながら、今まで心配させたお礼とばかりに嘘を言ってやる。

カリーヌ「わたしがカトレアです」
男   「マジで!? お、おおぉおお……娘とか聞いておったが、よもや……!」

 そりゃ老けるさ。あれからどれほど経ってると思ってるんだ、このばか。
 ようやくつけた悪態も心の中で。
 けれど……自分は久しぶりに笑んでいた。
 笑んでいたんだが、気づけば彼に抱きかかえられ、空飛ぶ剣で攫われていた。
 ……本当に、こいつは滅茶苦茶だ。

……。

 あとはもう、きっと話すまでもない。
 正体に気づかない夫を温かく見守り、彼が殴られる様といつかとを重ねる。

カリーヌ「名を聞いた時に、もしやと思いましたが……あなたが噂の癒し手……。
     失礼を。私はカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。
     あなたが本物であるかを確認するため、嘘を言いました」
中井出 「なんでみんな平気で僕にウソつくの!? もう僕なにも信じられない!」

 ああもう、本当にあの頃を思ってしまう。
 “名を聞いた時にもしや”と思ったことも嘘ではない。
 嬉しくなって言葉を繋ぐと───

カリーヌ  「噂通りの方のようで安心しました。
       騙しておいて頼むのも卑怯だとは思いますが、
       娘を……カトレアを救っていただけますか?」
エレオノール「……母さま。既に居ませんわ」
カリーヌ  「え? なっ……」

 なんというか、予想通りというか“らしい”というか。
 あいつは人の話も最後まで聞かないうちに飛んでいってしまった。
 噂通りなんてものはわたしが知る過去のことだ。
 彼ならきっとなんとかしてくれると、真剣に頼めば既に居ない。
 ええいくそ、帰ってきたら一発殴ってくれようか。
 そんな彼もあっという間に帰ってきて、カトレアをそっと下ろすと……いたずらをしたことがバレた子供のようにおどおどした様子で、「あ、あの……カトレアさん……だよ?」などと言った。
 もうおかしくて、笑いそうになるのを必死になってこらえた。
 夫はまだ気づかない。懐かしさを感じてはいるようだが、仕方ない。彼の名前も、彼が未来から来たということも知らなかったのだろうから。

カリーヌ  「医者を信じないで病が治せるとでも? 出ますよ、エレオノール」
エレオノール「……はい」
ピエール  「いやっ! だからだなっ! 何も耳を引っ張らんでも! あいぃーーっ!」

 しかしというか。
 親の心配そっちのけでさっさと手術をしたと聞いた時はさすがに拳を振るった。
 勝手なのはあの日に始まったことじゃなかったらしい。
 けれど治った。娘は治った。
 本当に、感謝してもしきれない。
 だというのに、感謝を届けようと訪ねると、決まって居やがらない。
 ええい本当にどうしてくれようか、あのばかめ。

……。

 きっかけというのはなにがそれとなって自分に戻るのか、解らないものだ。
 解ってしまえば楽しみは減るのだろうが、恐怖や不安が少ない分、わたしは時にそれを望む。
 今回自分に戻ってきたきっかけというのがそれなのかもしれない。
 ドッペルゲンガーを使ってまで逃げ出す“いつも通り”の彼に、とうとう夫が気づき始める。最近になってようやく、わたしは夫にジークが未来から来た男だったということを話した。
 信じてはもらえなかったが、今の状況を見れば納得に近い確信に迫ろうとしている。

中井出 「ち、ちくしょう卑怯だぞコノヤロー! 俺がいったいなにをしたー!」
カリーヌ「貴方には恩があります」
中井出 「とてもじゃないけど恩がある仕打ちに見えないんですが!?」
カリーヌ「………」
中井出 「え……な、なに?」

 くすくすと笑みがこぼれる。
 相手に無遠慮にコノヤローなんて言われて、カチンと来ないのはこの男だけだ。
 あれから随分と経っているのに、心というのは案外慣れたものをそっとしておいてくれるらしい。
 だから一言を届けた。
 男爵はきょとんとしていたけれど、届けたかった言葉を。

  「ありがとう。あの日あの場所で出会えた人がきみで、本当によかった」

 それだけ。
 それだけを伝えて、わたしは表情を引き締めて戻った。
 けれど……ああ、これからだ。
 これからが一番の問題だった。
 ジークが自分の過去を見せてくれた。
 過去にわたしたちとの時間が無かったことが確信となり、やはり彼はこれから過去に行くのだと理解。
 しかしわたしにとっては最も重要だったことがこののちに起こった。
 ……いや、べつにいつかわたしにした説教を、ルイズにしていた夫が問題なんじゃなくて。いいったら、わざわざこっちを見るなばか。と、そっぽを向く。
 その前にジークが言っていた、“ナルシストが好んで着てる服をダサイとか真正面からコケにするくらいいかん”って言葉がグサリと来たとかそういうことでもまったくない。ああ、ない。

  ───ルイズが“勇気の魔法”を使ってみせたのだ。

 わたしも夫も目を見開いた。
 何故この子が、と。
 訊いてみればあっさりと理由は解り、わたしはもう嬉しくて泣いていいのか喜んでいいのか。何故か逃げ出したジーク……ヒロミツ男爵を捕まえる。

カリーヌ「どうして逃げるんだ!」
中井出 「追われてるからですが!?
     ていうかなに!? なんでそんな雄々しい口調なの!?」

 あれぇ!? なんか怒ってる!? なんてことを続けて言うそいつを捕まえる。
 杖は持って入れないそうだから、杖には見えないものを代わりに杖として。こいつがよく使っていた屁理屈まがいのことだが、通用したことに笑みがこぼれる。それにしても魔法を使った上とはいえ、久しぶりに全力で走った。うん、随分と衰えたなって実感した。こいつはそのままなのに、なんか悔しい。

カリーヌ「お前はっ……〜〜〜〜っ……あなたは……! どこまで……!」
中井出 「ホギャワァアアーーーーッ!!? ななな泣いたァーーーーッ!!?
     えどぉおおどどどどどうしたの!?
     なにが哀しいの!? 奥歯にもやしでも挟まったの!?」

 あわあわ狼狽える姿にいつかの姿しか重ならない。ああ、やっぱりこいつだ。
 あの日、崖に落ちそうになった自分を助け、救ってくれた騎士。
 マンティコアにも跨ってないし、五年経ったのならば姿も随分と、と考えていたから彼がそうだなんて思いもしなかった。騎士衣装の色は違えど帽子の被り方も仮面の付け方もほぼ同じだったというのに。
 当然ながら状況が良くわかっていない彼は慌てるだけ。
 しかし泣く子は捨ておかんとばかりに人を笑わせに走る。
 そんなところもいつかの日々と重なる。
 除隊を命じられていじけるばかりだった自分を励ましてくれた、あの日のあいつだ。
 恥ずかしながら、この歳になってわんわん泣いてしまった自分を膝枕して、頭を撫でてくれた。気持ちよくて、ついうとうととしそうになると───

中井出「ぬぇ〜〜〜むるぇ〜〜〜っ! ぬぇ〜〜〜むるぇ〜〜〜っ!!」

 しなくてもいいことまで再現しやがった! 死んでしまえこのばか!
 そうは思いつつも可笑しくて、腹をバスバス叩かれた仕返しに彼を反射的に殴ってしまい……その時だけは、いつかに戻れた気がして───気づけば大笑いしていた。
 得たものもたくさん。無くしたものもたくさん。
 もう戻らないものもあって、きっと市民に向かって良い友で居てくれと言ったフィリップ陛下もそのうちのひとつだ。
 それでも得たものとともに歩いてきた今があって、こいつは今ここに居て、いつかは“ぼくら”の時代に飛ぶのだろう。そして……いつの間にか居なくなった彼はきっと、ここへ帰ってきたのだ。約束通り、“またトリステインに来るため”に。
 とんでもない屁理屈だ、居てほしい時に居なかったくせに、と悪態をついてやりたいが……あの時代のことはあの時代のわたしたちが片付けるべきことだったのだ、今さら彼にそれを言う気はない。
 だから、彼が帰ってきたらまた握手でもしてやろう。
 書置きさえ無いままに消えた罰だ、これからは友として、嫌がっても馴れ馴れしくしてやろう。覚悟していろ。


───……。


 ……そんなことを、時を経たアルビオンの大地で一人、空を見て思い出していた。
 自分が侯爵になっているなどと知ったらきっと驚くだろう。いや、嫌がるのか?
 どちらにせよ楽しみでならない。
 突然消えたということは、なにかしらの方法で呼び寄せられたかもしれない。
 可能性があるとしたら、それはきっと───

才人「ところでさ。
   サモンサーヴァントって使い魔が死んだら、その……また出来るんだよな?
   も、もしさ、もしもだけどさ! 俺は絶対に生きてるって思うから言うけどさ!
   ……瀕死になったってだけで、だから主従のつながりが切れただけなら、
   もう一度サモンサーヴァントを使ったら……その。
   あいつ、なんかひょっこりと出てきたりとか……」
総員『それだっ!!』
才人「うぃいっ!?」

 ───そういうことなんだろう。
 その場に居た全員が叫び、早速準備を始める中で、ヒラガというシュヴァリエになったばかりのルイズの使い魔が慌てていた。まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかったんだろう。
 ジョゼットというガリアの娘はフンスと鼻息も荒く、早速詠唱を始めている。
 エルフの娘であるティファニアという子も詠唱をルイズに教わり、こくこくと頷いている。エレオノールはそわそわとそれを見守り、カトレアに落ち着いてと宥められて───

カリーヌ「……はぁ。結局、きみの傍には騒がしさしかないのだろうな」

 呆れたふうに、いつかのままの口調でそう言った。
 やがて、詠唱を終えた少女の前に光り輝く鏡のようなものが現れる。
 途端、そこからニョキリと飛び出た皮の手袋に、わたしとピエールは顔を見合わせた。
 ああ間違い無いと。
 というか、さっさと出てくればいいものをズズ、と帽子を覗かせたと思ったら引っ込む。もしかして抵抗しているのだろうか。時折「オギャワァア〜〜〜ッ!」などと聞こえる。うん、なんだか抵抗している。
 さっさと来いとばかりに引っ張ってしまいそうになる自分を抑えるが……

声 「ま、まだだ〜〜〜っ! もっと彼奴めらの成長を見守るまでは〜〜〜っ!!」

 ……胸を打つのはやはり感謝だけだった。
 突然居なくなったから、わたしたちのことなどどうでもよかったのでは、と思ってしまったこともあった。でも……そんなことはなかったのだ。
 嬉しくなって、ピエールと二人、伸びた彼の腕を引っ張って引きずり出す。それが、この鏡の先の過去の自分たちを苦しめることになろうとも、辛抱できなかったのだ。

ジークフリード「アッ……ウォアァア〜〜〜〜ッ!!」

 スボリと出てきたそいつはあの日のままのジークフリード。
 胡散臭い格好のままのそいつは何故か奇妙な奇声を発すると、はたとわたしたちを見る。
 それで状況を理解したのか───

ジークフリード「……老いたな、トキ」

 しみじみと呟いたので、笑顔で鼻を殴り砕いた。もちろん仮面ごとだ。
 吹き飛んだ彼が再び鏡に飲み込まれ、どういうわけか今度はエルフの少女の前に召喚される。な、何事!? と驚いている彼を余所にあっさりと仮面は取られ、

中井出「アァッ! なにをするだァーーーッ!!」

 帽子と仮面を取ったマチルダへと振り向いた瞬間にそれは起きた。
 素顔の彼を見て我慢できなかったのか、ジョゼットが駆け、飛びつき……まあその、コントラクトサーヴァントを。何故かズキュウウウンという音が鳴り、ヒラガとグラモンの末っ子が『や、やった!』と口を揃えて言った。

中井出「ハ、ハワッ!? ななななにを《ドヂュゥウウウ!!》ギャアアアアアム!!」

 叫ぶ彼の額にはルーン。
 突然の痛みに恨みがましくジョゼットを見るのも束の間、トンとマチルダに背中を押されたエルフの子、ティファニアがつんのめり───ジークを押し倒すように転倒。絵に描いたような見事な流れで再びコントラクトサーヴァントは為され、

中井出「な、ななななんなの!?
    ここここんなことをしてただで済むと思ってるの!?(俺が)
    今に怨念の蔓が僕を捕縛して《ドヂュゥウウウ!!》ギャアアアアム!!」

 今度は胸だった。
 苦しむ彼がバッと胸を肌蹴ると、そこにはやはりルーンが。
 二重の契約なんてことが可能なのか、と驚いたが───

中井出「一口で二度美味しい男……博光です《脱ぎャアアーーーーン!!》」

 やはり彼は彼だった。
 次の瞬間にはヒラガとグラモンの末っ子に飛びつかれ、ごすごすと殴られ、騒ぎを聞きつけてやってきたオルニエール……いや、ウェストウッドの領民にも散々と抱きつかれ、口々におかえりなさいを言われていた。

カリーヌ「………」

 やはり、彼は帰れたのだ。
 死んだわけではなかったことに、ようやく息を吐けた。
 見れば夫もそうであったかのように息を吐き、目が合うといつかのように肩を竦めて苦笑した。

ルイズ 「ひ、ひひひヒロミツ! ヒロミツ! その、えっと……ク、クック!
     そう! クックベリーパイ! 作って! 早く!」
才人  「おい提督! 俺はお前に言いたいことが山ほどあるんだぞ!
     ちょっとあっちで男の語らいしようぜ! 拳で!」
ギーシュ「ああ僕もさ! きみには拳で語りたいことがたくさんあるんだ!
     言っておくが拒否はさせないからな!」

 怒った様子を見せる者や、素直におかえりを言えない娘、飛び込んでいっていいものかと戸惑う子や、遠慮なく飛び込んでわんわん泣く子、様々だ。
 やはり彼の傍は騒がしく、それでいて落ち着ける。
 ここにバッカスとナルシスが居ないのが寂しいが……いや、のけ者にしたらマリーも怒るか。

エレオノール「ひっく……えっく……いきてた……いきてたぁあ……!」
カトレア  「ほら、姉さん、そんなに泣かないで」
エレオノール「だって、だって」
ジョゼット 「さあヒロミツさん! 式の日取りはいつに!」
エレオノール「待ちなさいガリアのおちび。《ビッシィーーン!!》
       それはさすがに聞き捨てならないことよ」
カトレア  「まあ! もう涙はいいの!? 姉さん!」
エレオノール「知りなさいカトレア。女には……涙を流すより大切なことがあるのです」

 逞しく育ってくれているようでなによりだ。
 いろいろとおかしいこともあるが、なんというか自分の娘だなぁと思える部分が多すぎて、見ていて恥ずかしい。
 え? 止める理由? ……命の恩人であり、普通に恩人であり、侯爵である相手に嫁ごうとする娘を止める理由がいったいどこに?

黒ノート『やはり生きていたか。実にしぶとくて助かるぞ、マスター』
中井出 「あ、ノートン先生お疲れ様。なんかいろいろ任せちゃったみたいでごめんス。
     ところで……ここ何処? オルニエールじゃないの? 空が近いような気が」
マチルダ「ウエストウッドさ。オルニエールはゲルマニア皇帝に譲っちゃったんで、
     領地ごとここへ移したって話だよ」
中井出 「おやマチルダさん。って、移した!? ウエストウッド!?
     え? あ、え? つーことは? え?」
ギーシュ「ふふっ……ああ、ヒロミツ。僕たちは勝ったのさ! アルビオンに!」
中井出 「なんと!?」
才人  「そうそう! 姫様もウェールズも婚約ってことになって、
     同時にアルビオンがトリステインの国の一部ってことになったんだ!
     すげーだろ! っとそうだ! 姫様にもメール送らないと!」
ギーシュ「当然プリンス・オブ・ウェールズにもだ! 喜ぶ顔が目に浮かぶよ!」
中井出 「ち、ちくしょうずるいぞ! 僕が知らないところでそんな楽しいことを!」
ルイズ 「聞かされて、最初に言うことがそれなの!?
     姫様……女王陛下なんて何日も泣いてらっしゃって、大変だったんだから!」
中井出 「なんですって!? よし謝りにいくぞ才人!」
才人  「なんで俺まで!?」
中井出 「だって一人じゃ怖いもん!」
才人  「もんって歳じゃねぇだろお前!!」
中井出 「う、うるせーーーっ!!」

 相変わらずの反応に、その場に居る全員はそれはもう笑顔になった。
 彼の傍には笑顔がある。
 その事実がこの場所でも変わらないことに感謝しながら、わたしは一歩を歩み、彼に手を差し出した。

中井出 「え……いや、生憎と金は持ってなくて」
カリーヌ「違う!! ……こほんっ、握手です、侯爵。
     その、これからもよろしくという意味を込めて」

 差し出す手をきょとんと見つめるその横には、同じく手を差し出すピエール。
 訳も解らず首をかしげている彼に、こちらも首を傾げたくなる。

中井出「えーと、それって僕の立場を利用して云々とか? ところで侯爵って誰?」

 ……ちょっと待て。こいつ、もしかしてわたしが“わたし”だって気づいてない!?
 老いたなとか言っておいて、気づいてない!?
 ただ、今のわたしの顔を見て、言いたくなったから言っただけなのかこいつは!

カリーヌ「あ、あのですね。わたしはその、若い頃騎士をやっていまして」
中井出 「騎士! ほう! それは素晴らしい!
     いや実は聞いてくださいよカリーヌさん!
     過去では騎士は女ではなれないとかでね!?
     アニエスさんが騎士であることを知っていた僕としてはこれはもう驚きで!」
カリーヌ「……男装をしていたのです」
中井出 「あ、僕が仕えていた人も、おなごなのに男装しておったのですよ」
カリーヌ「名前はカリンで」
中井出 「そうそう! よく知っておりますな!
     なんかどんどんと風魔法が上達していってね!?
     “烈風カリン”と言えば知らぬ者がおらぬくらいの実力者になって!」
カリーヌ「それはわたしです」
中井出 「なにを言っとるんだこの男は……」

 放った拳が鼻を砕いた。断言しよう。わたしは悪くない。

  ともあれ、そうして再会の約束は果たされた。

 鼻を砕かれて涙と鼻血を流しながら握手に応じるその姿は、いや……正しくは雰囲気は、あの頃とちっとも変わらない。森の日向の香りと鈍い鉄さびの香りとが混ざって……いや、鼻血は止めなさいよ。殴ったのわたしだけど。
 笑いながらあの時の言葉の意味が解ったよ、なんて言うそいつの気易さは変わらない。
 だから改めて言うのだ。心を込めて。命を救ってもらった瞬間も、夢を抱かせてくれた瞬間も、いつも支えてくれた瞬間も全てを合わせた思いを以って。

 「ありがとう。あの日あの場所で出会えた人がきみで、本当によかった」

 と。




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